スポーツアドバイザー。生年月日:1959年2月27日。東京都出身。カリフォルニア工芸大学中退。日本名:野村克彦。
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野村沙知代の二男
元プロ野球選手・野村克也(20年に死去)の妻・沙知代(17年に死去)と前夫のアメリカ人男性の二男。兄は野球代理人・団野村。元プロ野球選手の野村克則は異父弟。
日本育ち
米軍・座間キャンプ内の病院で生まれる。幼い頃に短期間アメリカで過ごした以外は大学入学までずっと日本で暮らし、小学校から高校まで世田谷のセント・メリーズ・インターナショナルスクールに通う。
実父の影響で野球に打ち込む
若い頃ドジャースのマイナーリーグに所属していたという実父の影響で子供の頃から野球に親しむ。小学生の頃から、母の交際相手の野村克也(当時南海ホークス選手兼任監督)と交流を持ち、その紹介で杉浦忠や高畠康真の指導を受け、高校時代からプロ野球の入団テストを受験。巨人の入団テストでは2次を通過したが年齢詐称がバレて不合格となったという。
なお高校2年の時に両親が離婚し、78年に母・沙知代が野村克也と再婚。同じ頃に日本国籍を取得したが、後にアメリカ国籍に戻している。
広島カープにテスト入団
大学中退後の79年に広島カープにテスト生として入団。その後日本ハムに移籍し計4年間プロ野球に捕手として在籍したが1軍出場はなし。プロ入りした時期に実父が自殺している。
引退後は解体業をしていたが、兄・団に誘われて渡米。事業を手伝うも後に絶縁状態になる。01年には母・野村沙知代の暴露本【 グッバイ・マミー―母・野村沙知代の真実 】を出版して話題になった。
42歳までに3度結婚
私生活では42歳までに3度結婚。娘の沙亜也はメジャーリーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの球団職員で、18年には最優秀従業員に選ばれている。
母・沙知代死去
05年に野村克也立ち合いのもと、母・沙知代と和解したが、17年12月に沙知代が死去。20年2月に養父・野村克也が死去した。
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LAST UP 2021/04/08