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高橋尚子(たかはし なおこ)

元マラソン選手。生年月日:1972年5月6日。岐阜県岐阜市出身。大阪学院大学卒業。身長163㎝。血液型:O型。

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具志堅用高の敗戦と高橋尚子の失速の裏にある知られざる共通点

両親は学校の先生

 両親とも教師の家庭に、二人兄妹の妹として生まれる。多忙の両親に代わり、2歳まで母方の祖母のもとで育てられた。両親の影響で子どもの頃から教師に憧れていたという。

中学校で陸上を始める

 中学進学後、バスケ部か陸上部か迷った末、小学校の体育で経験したバスケではなく、目新しさを感じた陸上部に入部。2年生の時に県の新人戦800mで優勝。

 両親からは進学校を勧められたものの、陸上推薦で岐阜商業高校に進学。2年生から都道府県対抗女子駅伝に出場し、3年生の時に800mでインターハイに出場(予選敗退)。高校時代に恩師から名監督・小出義雄の話を聞かされ、憧れるようになったという。

小出義雄のもとに押しかけ

 大学時代は日本インカレで1500mで2位、3000mで3位などの好成績を残して十社以上の実業団から誘われる。教師になるために教育実習も行っていたが、陸上を諦めきれず、憧れの小出義雄(当時リクルート監督)との面会を果たすと、必死に頼み込んでリクルートの合宿に参加。そこで小出に認められ、リクルートに入社した。大卒は採らない方針だったため特別に契約社員として入社している。

 新人歓迎会でアルミホイルを体中に巻き付け自作の「オバケのQ太郎」ダンスを踊ったことで「Qちゃん」と呼ばれるようになったという。

小出監督の勧めでマラソン転向

 リクールトでもトラック競技に取り組み、マラソンをする気はなかったが、才能を見抜いた小出の勧めでマラソンに転向。小出から毎日のように「お前は強くなるよ。世界一になれるよ」と言い聞かされるうちにその気になっていったという。

日本記録、アジア記録を更新

 初マラソンとなった97年の大阪国際女子マラソンで7位に入賞し、小出について行く形で積水化学に移籍。98年3月の名古屋国際女子マラソンを日本最高記録(2時間25分48秒)で優勝し、同年12月のアジア大会ではアジア最高記録(2時間21分47秒)で優勝。2000年3月の名古屋国際女子マラソンを大会新記録で優勝してシドニー五輪代表の座を獲得した。

日本陸上界女子初の金メダル

 2000年9月のシドニーオリンピックでは五輪新記録(2時間23分14秒)で優勝。日本陸上界女子初の金メダルを獲得し、10月に女子スポーツ選手初の国民栄誉賞を受賞。01年のベルリンマラソンでは世界最高記録(2時間19分46秒)を樹立、女子で初めて2時間20分を切った。

 翌年のベルリンマラソンで2連覇を達成(2時間21分49秒)。しかし03年11月の東京国際女子マラソンでは終盤に失速して2位に終わり、アテネ五輪代表から落選した。

チームQ結成

 05年5月に小出監督から独立し、「チームQ」を結成。同年11月に2年ぶりのフルマラソンとなる東京国際女子マラソンで優勝。しかし連覇を狙った翌年の同大会は3位に終わった。

現役引退

 08年3月、1年4ヶ月ぶりのマラソンとなる名古屋国際女子マラソンに出場したが27位に終わり北京五輪代表から落選。去就が注目されたが現役続行を表明し、東京国際、大阪国際、名古屋国際と3大会連続で出場する意向を示したが、08年10月に現役引退を表明した。

現在

 現在はスポーツキャスター、マラソン解説で活躍するほか日本陸上競技連盟理事なども務めている。

24時間テレビ

 20年8月放送の『24時間テレビ』で1周5キロのコースを走る毎に10万円を募金する「募金ラン」に挑戦し、116キロを走破。吉田沙保里、陣内貴美子、松本薫、野口みずき、土屋太鳳の5人で結成された「チームQ」は120キロを走破し、総額470万円を募金するという。

関連人物

有森裕子 小出義雄

LAST UP 2020/10/14