谷真海(たに まみ)

パラトライアスロン選手:サントリーホールディングス所属。1982年3月12日生、宮城県出身。早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。旧姓:佐藤。

幼少期

 5歳で水泳を始め、小学4年からは選手コースに所属。中学校は陸上部に入部し2年生の時に市大会1500mで優勝、県大会は8位に入賞した。一方で小学生の時にテレビで観たチアリーディングに感動し、大学生になってチアをするのが目標になったという。

骨肉腫を発症

 祖父と父の母校である憧れの早稲田大学を目指し、仙台育英学園高校特別進学コースに進学。寮に入って勉強漬けの生活を送り、早大に合格。入学と同時にチアリーディングを始め、六大学野球早慶戦の応援も経験したが、大学2年の秋に骨のがん「骨肉腫」を発症。右足ひざ下を切断し義足の生活となった。

スポーツ義足との出合い

 10ヶ月の入院を経て退院、大学にも復学したが落ち込む日々が続いたため、抜け出すために東京都障害者総合スポーツセンターで水泳を始める。早大OBでパラリンピック金メダリストの河合純一と交流を持って一層水泳に打ち込む傍ら、スポーツ義足と出合って陸上も始めると、04年3月の選考会で参加標準記録を突破し、走り幅跳びのアテネパラリンピック出場権を獲得した。

日本人女子初

 入院期間がありながら大学は4年で卒業。卒業式では小野梓記念賞を受賞し、サントリーに入社。日本人女子で初めて義足選手としてパラリンピックに出場した04年アテネパラリンピックは走り幅跳び9位だった。

義足踏切に変え記録更新

 08年3月の最終選考会で自身の日本記録を更新する4m46で優勝、北京パラリンピックは6位入賞。10年から「義足踏切」に変えると12年3月、4年ぶりに自己記録を更新(4m56)。3大会連続となった12年ロンドンパラリンピックは9位。13年4月のブラジルオープンで5m02の日本記録(当時)を樹立。7月の世界選手権では銅メダルを獲得した。

IOC総会でスピーチ

 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会プレゼンターとして、13年9月のIOC(国際オリンピック委員会)総会でスピーチを行って招致に貢献。大きな反響を呼び、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2014」大賞を受賞した。

結婚出産を経てトライアスロン転向

 14年に1歳上の広告代理店勤務の男性と結婚し、15年4月に第一子の男児を出産。16年に競技復帰し、東京パラリンピックを目指してトライアスロンに転向。初戦となった同年4月のアジア選手権は一人だけの出場だったが完走し初優勝。17年から本格的に世界パラトライアスロンシリーズに挑戦し、横浜大会、エドモントン大会で連勝。世界選手権では初出場で日本人初優勝を飾った。

東京パラへ

 属する障害クラス、女子PTS4が東京パラリンピックから除外され、出場が絶たれたかに思われたが、障害の程度が軽いPTS5と混合で実施されることが決まった。

 19年5月の世界シリーズ横浜大会は2位に終わり、3連覇を逃した。

 現在もサントリーホールディングスに勤務し、CSR推進部で次世代育成支援などを担当。講演やイベントなどでパラスポーツの普及にも努めている。出演したアフラックのCMも話題になった。

LAST UP 2019/05/20