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高平慎士(たかひら しんじ)

元陸上選手:短距離。1984年7月18日生、北海道出身。順天堂大学卒業。身長180cm、体重62kg。

君が来るなら陸上部を作る

 北海道旭川市に男3人兄弟の長男として生まれる。子供の頃からスポーツ万能で、小学3年で始めた野球では強豪チームの主力として活躍。俊足を買われて陸上大会にも出場し、6年生で100m全国7位になると、「君が来るなら陸上部を作る」と誘われ中学校で本格的に陸上を始める。

カール・ルイスの師に認められ

 同学年に相川誠也(02年に100m高校三冠)がいたこともあって100mでは結果を残せなかったが、中学3年で110mハードル全国4位。高校3年のインターハイ200m、国体400mで優勝し、アジアジュニア選手権4×100m、4×400mリレーでも優勝して多くの大学から誘われ、順天堂大学に進学した。なお高校3年の時に参加したアメリカ合宿でカール・ルイスらを育てたトム・テレツコーチに才能を認められ、その後も定期的に渡米して指導を受けた。

日本男子初の五輪トラック種目メダル

 04年の日本選手権200mで初優勝を飾り、アテネ五輪4×100mRで4位入賞(200m予選落ち)。06年アジア大会は200mで3位、4×100Rで2位に入り、07年世界陸上4×100Rでは38秒03のアジア新記録で5位。08年北京五輪では第3走者として4×100mRで銅メダルを獲得、日本男子史上初のオリンピックトラック種目メダルに輝いた(その後銀に繰り上げ。後述)。

世界陸上200mで準決勝進出

 09年は日本選手権200mで日本歴代3位となる自己記録20秒22で優勝し、世界陸上4×100Rは4位。10年は不振が続き日本選手権も3位に終わったが、11年は日本選手権200m、アジア選手権4×100mRで優勝し、世界陸上200mでは自身初の準決勝進出。なお10年に一般女性と結婚している。

3大会連続の五輪

 12年の日本選手権200mは3位だったが、すでに派遣標準A記録を突破しているため、3大会連続となる五輪代表に選出。12年ロンドン五輪は200m準決勝敗退、4×100mR5位入賞。14年のアジア大会は4×100mRで2位。16年の日本選手権200mの予選で敗退し、4大会連続五輪を逃した。

銀メダルに繰り上げ

 17年1月、北京五輪4×100mRで金メダルを獲得したジャマイカ選手がドーピング違反により失格となり、IOCが金メダルのはく奪を発表。日本チームは銀メダルに繰り上げとなった。

現役引退

 17年9月の全日本実業団対抗選手権を最後に現役を引退した。

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朝原宣治

LAST UP 2020/03/07