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三屋裕子(みつや ゆうこ)

日本バスケットボール協会(JBA)会長。元バレーボール日本代表。1958年7月29日生、福井県出身。筑波大学卒業。同大学院修士課程体育研究科修了。身長177cm。

高身長で注目を集める

 子供の頃は身体が弱く家にこもりがちだったが、小学4年から急激に身長が伸び始め、小学校卒業時に170cmに到達。中学入学後バドミントン部に入部するも、コンプレックスだった長身を生かせるバレー部に移籍した。

バレーボールブームで

 当時は【 サインはV 】【 アタックNo.1 】の影響で100人を超える部員がいたが、1年夏からレギュラー入り。3年夏には全国大会に出場、1回戦敗退も大会最長身選手として注目された。中学時代は陸上部にも所属し、走り高跳び、走り幅跳びで好成績を残している。

名門八王子実践に進学するも

 多くの強豪校、実業団から誘われ、前年に史上初の高校3冠を達成した名門・八王子実践高校に進学。入学後すぐにレギュラー入りしたが、直後に右肩を故障。慣れない寮生活や厳しい練習で精神的にもボロボロになった上、心臓も患い、練習はおろか通学さえままならないほど衰弱した失意の1年を送る。

モスクワ五輪ボイコット

 その後立ち直ると教師を目指して勉強にも励み、筑波大学に進学。大学時代にレフトからセンターに転向し79年、大学3年で全日本に初選出。 80年モスクワ五輪は金メダル候補だったが、日本がボイコットした。

日立黄金時代

 81年に大学を卒業して日立に入社し、日本リーグ6連覇、88連勝を達成した日立黄金時代の一員として活躍し、第17回日本リーグではスパイク決定率57.4%を記録。日本代表としても84年のロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した。

教員採用試験に合格

 82年に東京都教員採用試験に合格。ロサンゼルス五輪を最後に現役を引退し、同年9月に國學院高校に体育教師として着任。85年4月からは学習院大学に移る。その後退職し、筑波大学大学院で学ぶ傍らスポーツキャスターとしても活躍、89年にはベストジーニストに選ばれた。

シャルレ社長に

 04年6月、株式会社シャルレ代表取締役社長に就任。同社は06年に商号を株式会社テン・アローズに変更。07年6月の株主総会で社長職を解任された。

日本バスケットボール協会会長

 Jリーグ理事や日本バレーボール協会理事などを歴任し、16年6月に日本バスケットボール協会会長に就任。現在スポーツや教育など様々な分野で活躍している。

 20年6月、日本バスケットボール協会会長に再任された。3期目となる。任期は21年9月まで。

関連人物

大林素子 中田久美

LAST UP 2020/06/28