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長与千種(ながよ ちぐさ)

元女子プロレスラー。1964年12月8日生、長崎県出身。大村市立玖島中学校卒業。長与千種は本名。

親戚の家を転々とする

 3人姉弟の次女として生まれる。幼い頃は小児結核を患って通院生活を送り、身体を鍛えるために小学4年で空手を始めるも、5年生の時に両親が多額の借金を負って働きに出たため、家族と別れて親戚の家を転々とする。

 中学時代は空手とともにソフトボールにも打ち込んだが、親戚の家に馴染めず孤独感にさいなまれることもあったという。

全日本女子プロレス入門

 中学3年から再び家族と暮したが、両親に負担をかけるのを避けて高校には進学せず。その頃にたまたま雑誌でプロレスラーの募集広告を見かけて単身上京し『全日本女子プロレス』に入門。

ライオネス飛鳥とのタッグで

 80年8月に大森ゆかり戦でデビューしたが目立った活躍ができず、引退を考えていた時にライオネス飛鳥とのタッグでタイトルマッチに挑戦。試合には敗れたが、それまでの鬱憤を振り払う激しい戦いぶりが従来の女子プロレスの枠を破る新しいスタイルとして評価され、一躍注目を浴びる存在となった。

クラッシュギャルズ

 その後は一層熱心に練習し、他の格闘技の技術も取り入れるなどあらゆる努力で実力を伸ばして、ライオネス飛鳥と結成したタッグ『クラッシュギャルズ』は絶大な人気を獲得。レコードデビューを飾り、85年にはブロマイド女性部門売上1位に輝くなど、ダンプ松本率いる『極悪同盟』と共に社会現象と言われるほどの女子プロブームを巻き起こした。

引退後女優として活躍

 89年に人気絶頂のまま現役を引退してタレントに転身。翌年NHK朝の連続テレビ小説【 京、ふたり 】に出演。女子プロレスを扱ったつかこうへい作・演出の舞台【 リング・リング・リング 】では主演を務め、同名の映画にも主演するなど女優としても活躍した。

現役に復帰

 93年に現役復帰し、94年には自ら新団体『GAEA JAPAN(ガイア・ジャパン)』を設立。95年の旗揚げ戦以後中心選手として活躍し、2000年にはライオネス飛鳥と『クラッシュ2000』を結成したが05年に引退、同時に『GAEA JAPAN』を解散した。

新団体を設立

 その後は株式会社『Marvel Company(マーベルカンパニー)』の代表取締役としてスポーツイベントのプロデュースや飲食店の経営など幅広く事業を展開。

 新女子プロレス団体『Marvelous(マーベラス)』を設立し、代表を務めていたが、19年12月に退団した。

GAEA復活予定も

 20年4月に一夜限りで『GAEA JAPAN』の復活興行を行う予定だったが、新型コロナウイルスの影響により延期となった。

関連人物

神取忍 ダンプ松本

LAST UP 2020/06/01