室塚一也(むろづか かずや)

アトランタパラリンピック車いすマラソン銀メダリスト。1964年11月20日生、北海道出身。北海道江差南高校卒業。

漁師の息子に生まれる

 漁業の町・北海道上ノ国町に漁師の息子として生まれる。北海道出身ながらスキー経験はあまりなく、部活はバスケットボールをやっていたという。

転落事故で車椅子生活に

 江差南高校機械科に進学し、卒業後自動車整備工に就職したが21歳の時、車で出勤中に飛び出してきた動物を避けようとして転落事故を起こして脊髄を損傷、車椅子生活となる。

車いすマラソンに魅了され

 リハビリで車椅子スポーツを始め、やり投げや100m走に取り組んでいたが、88年に出場した全国身体障害者スポーツ大会で車いすマラソンを見て魅了され、自分でも始めてみるとすぐにのめり込み、90年には初挑戦のフルマラソン、はまなす全国車いすマラソンで7位に入賞した。なおリハビリ中にリハビリセンターのアルバイト職員だった女性と出会い、91年に結婚。同年に長男、96年に次男をもうけている。

アトランタパラ銀メダル

 94年には日本初のプロ車いすマラソンランナーとなり、同年の大分国際車いすマラソンでは日本人初の3位入賞(日本人1位)。翌年の大会では日本記録を樹立し、96年のアトランタパラリンピックでは銀メダルを獲得した。

長野パラ代表入りも

 車いすマラソンで活躍する一方、95年からトレーニングの一環としてシットスキーを始めると、長野冬季パラリンピックに向けて強化を進めていた関係者の目に留まって強化選手となり、出場した大会で好成績を残して長野パラリンピックのクロスカントリー代表に選出。しかし大会直前に体調を崩して欠場した。

シドニーパラは7位

 2000年6月のはまなす全国車いすマラソンでは日本新記録で優勝したが直後にコース間違えが発覚して失格となる。同年10月のシドニーパラリンピックでは7位だった。

LAST UP 2008/09/03