山浦麻葉(やまうら まよ)

カーリング選手:チーム青森。村上新町病院所属。1984年4月29日生、長野県出身。群馬大学卒業。

 長野県御代田町に生まれる。91年6月、98年冬季五輪の開催地が長野に決定。同時に同大会からカーリングが正式種目となったため、競技力向上を目指して95年3月、御代田町に本州初のカーリング専用ホール「カーリングホールみよた」が開設される。

 地元にホールが出来た影響で小学5年でカーリングを始めるも中学時代は日本ジュニア選手権出場はならず。高校受験を機に一旦競技から離れたが、長野工業高等専門学校進学後土屋美喜子(4代目カーリングホールみよた館長)に誘われて新チームに参加。競技を再開するとその後もチーム「brave(ブレイヴ)」、「GRLLOP(ギャロップ)」などで活躍を続け、群馬大学編入後も北海道学生選手権優勝、日本ジュニア選手権2位などの成績を残した。

 カーリングに人気に沸いた06年3月の日本選手権は出場を逃したが、勉強を兼ねコーチとして同じ長野の「チーム軽井沢」に帯同するとオリンピックチーム「チーム青森」と交流を持ち、同年5月、離脱した小野寺歩(現姓:小笠原)、林弓枝に代わる新戦力としてチーム青森に加入。

 その後はチーム青森の一員として活躍し、08年の世界選手権で4位。09年の日本選手権で史上初の4連覇に貢献すると同年には日本代表決定戦で「チーム長野」を破り、チーム青森としては2大会連続、自身初となる五輪出場権を獲得した。

 メダルが期待されたバンクーバーオリンピックは1次リーグ敗退の8位。同年の日本選手権では5連覇を達成したが、世界選手権は11位。同年は目黒萌絵本橋麻里が相次いでチームを脱退したが新メンバー・青田しのぶが加入。11年の日本選手権は決勝で中部電力に敗れ、6連覇を逃した。

 なお07年に大学を卒業して東奥日報社に入社したが、10年7月に所属会社が村上新町病院に変更になった。

LAST UP 2011/02/13