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宝田明(たからだ あきら)

俳優。1934年4月29日-2022年3月14日。旧満州出身。都立豊島高校卒業。身長183㎝。本名:寶田明(読み同じ)。

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ハルピンで育つ

 朝鮮の清津で生まれる。鉄道技師をしていた父親が朝鮮総督府鉄道から南満州鉄道に転勤したため、2歳で満州に転居。子供時代を満州・ハルピンで過ごす。子供の頃から映画好きで度々現地の映画館に足を運んだ。

満州で生き延びる

 45年、終戦を満州で迎える。ソ連軍の侵攻により、混乱を極めた満州で必死で生き延びる。ソ連兵に脇腹を撃たれるも、薬もろくになく、手術器具もなかったため、麻酔なしで裁縫用の裁ちバサミで銃弾を取り出す。縫うこともできず、ひたすら痛みに耐え続けたという。

日本に引き揚げ

 終戦翌年、2カ月間飢えに耐えながら日本に引き揚げ、父親の故郷・ 新潟県岩船郡村上町(現村上市)に居住。地元の小学校に通い始めるも、生活が苦しく母親の魚売りを手伝ったため休みがちで、ずっと満州にいたこともあって学校に馴染めずにいたが、学芸会で演じた老婆役が好評を得て一躍人気者となる。芝居にも興味を持つようになった。

親戚を頼って上京

 生活が上向かず、中学2年の時に親戚を頼って家族で上京。高校に進学するも制服を買えないほど貧しく、アルバイト漬けの生活を送って家計を助ける。一方で中学、高校時代は演劇部に所属、脚本も書くなど演劇に夢中になった。

東宝ニューフェイス

 大の映画好きながら俳優になることは考えず、受験勉強をしていた高校3年の時、学校に出入りしていた写真屋に熱心に勧められ、東宝ニューフェイスに応募。オーディションに合格し、53年に第6期東宝ニューフェイスとして東宝に入社した。同期に岡田眞澄がいる。

ゴジラで映画初主演

 『東宝』の宝の字が入った縁起の良さを買われて本名(正確な漢字は寶田明)を芸名とし、54年公開の【 かくて自由の鐘は鳴る 】で映画初出演。3本目の映画、同年公開の【 ゴジラ 】(第一作)で初主演を果たす。

 【 ゴジラ 】が大ヒットしたこともあり、年に10本近くの映画に出演する東宝の看板スターとなる。舞台にも進出し、『アニーよ銃をとれ 』『風と共に去りぬ』『マイ・フェア・レディ』などに出演、ミュージカル俳優としても高い評価を受けた。

ミス・ユニバース児島明子と結婚

 66年には日本人初のミス・ユニバース世界大会優勝者・児島明子と結婚。一女二男をもうけたが84年に離婚。同年に16歳下の女性と再婚した。児嶋との娘・児島未散は歌手として活躍している。

ゴジラへの想い

 初主演映画【 ゴジラ 】への思い入れが強く、シリーズ作品【 モスラ対ゴジラ 】【 ゴジラ FINAL WARS 】などに出演。著書【 ニッポン・ゴジラ黄金伝説 】も出版している。

戦争体験

 映画、舞台、テレビで活躍する傍ら、2015年から自身の戦争体験をもとにした音楽朗読劇『宝田明物語』を上演、平和への願いを伝えている。

死去

 22年3月14日、肺炎のため死去した。87歳だった。乃木坂46のメンバー・岩本蓮加とのW主演でエグゼクティブプロデューサーも務める22年4月公開の映画【 世の中にたえて桜のなかりせば 】が遺作となった。

LAST UP 2022/03/18