松井稼頭央(まつい かずお)

埼玉西武ライオンズ二軍監督。背番号77。1975年10月23日生、大阪府出身。PL学園高校卒業。本名:松井和夫。右投両打。177cm、85kg。

実家は代々巨人ファン

 大阪出身ながら祖父の代から巨人ファンで、自身も幼い頃から原辰徳のファン。

 幼い頃から野球に取り組み、小学3年で「若江ジャイアンツ」に入団すると、4年生でピッチャーに抜擢。強肩・俊足で鳴らし、香川の強豪・尽誠学園の誘いもあったが、地元のPL学園高校に進学。

エースで甲子園出場

 名門校ながら1年春からベンチ入りし、2年春にはエースとして甲子園出場(準々決勝敗退)。肩や肘の怪我に悩まされ満足いくピッチングはできなかったが、プロのスカウトからは野球センスを高く評価されて野手として興味を示す球団が多く、93年ドラフト会議の3位指名で西武ライオンズに入団。

谷沢コーチの勧めで両打に

 入団後内野手となり、谷沢健一コーチの進言で右打ちからスイッチヒッターに転向すると、2年目に一軍昇格し、3年目にレギュラー定着。走攻守兼ね備えた遊撃手として活躍し、パ・リーグMVP、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、盗塁王など数々のタイトルを獲得。00年にサイクルヒット、02年にはトリプルスリーを達成し、2000年には「センチュリーベストナイン」にも選ばれた。

日本人初の内野手メジャー

 03年オフにFA宣言し、日本人初の内野手メジャーリーガーとしてニューヨーク・メッツに移籍。FA時、憧れの原辰徳が監督の巨人移籍も考えたが、原監督が辞任したため消滅したという。

 メジャー1年目の04年は開幕戦先頭打者初球ホームランを放ったが、その後は怪我や不振で活躍できず、06年6月に交換トレードでコロラド・ロッキーズに移籍。07年はワールドシリーズ出場に貢献し、シーズン終了後3年契約でヒューストン・アストロズに移籍。

楽天入団

 09年8月に日米通算2000本安打を達成するも、10年は開幕から不振が続き、5月に戦力外通告を受けてアストロズを退団。その後はロッキーズ傘下の3Aでプレーしたが10年11月に楽天イーグルスに入団、8年ぶりに日本球界に復帰した。

 12、13年は楽天の主将を務める。13年は日本代表に選ばれWBCに出場し、シーズンでは球団創設初のリーグ制覇。CS、日本シリーズも制し、初の日本一を成し遂げた。

現役引退

 14年シーズン中に外野手に転向し、外野手登録となった15年はNPB通算2000本安打を達成。17年にはNPB通算200本塁打を達成した。17年シーズン終了後15年ぶりに西武に復帰。テクニカルコーチを兼任し、同年限りで現役を引退、二軍監督に就任した。

通算成績

日本プロ野球:1913試合 2090安打 201本塁打 837打点 打率.291 363盗塁。
メジャーリーグ:630試合 615安打 32本塁打 211打点 打率.267 102盗塁。

LAST UP 2018/11/26