三浦大輔(みうら だいすけ)

横浜DeNAベイスターズ一軍投手コーチ。背番号18。1973年12月25日生、奈良県出身。大和高田市立高田商業高校卒業。身長183cm、体重88kg。右投右打。

岡田彰布の後援会に入っていた父

 花屋を営む家に3人兄弟の長男として生まれる。岡田彰布の後援会にも入っていた阪神ファンの父の影響で、小学3年で少年野球チームに入団。その後は厳しい父の教えで毎日練習に打ち込む。

一時遊びに夢中になるも

 小学生時代は主に二塁を守り、中学2年からピッチャーを始めるも、さほど目立つ選手ではなく、地元の強豪・智弁学園のセレクションも不合格だったが、高田商業は部員が少ないこともあって1年生からエースとして活躍。一時遊びに夢中になって野球から離れるも、監督や部員達の熱意で復帰し、野球に集中。しかし3年春・夏とも県大会決勝で天理高校に敗れ、甲子園出場はならなかった。当時人気を博していた【 ビー・バップ・ハイスクール 】に憧れていたものの特別悪さをすることはなく、高校卒業までずっと坊主頭で、不良ではなかったと言う。

遠藤和彦の引退試合で初登板

 91年ドラフト会議で横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)から6位指名されてプロ入りし、1年目の92年10月、遠藤和彦の引退試合で初登板。翌年9月に初勝利を初完投で飾ると、3年目には「2段モーション」を身に付け、翌95年はローテーション入りして8勝を挙げた。同年秋に高校の2年先輩と結婚し、一女一男をもうけている。

背番号をエースナンバーに

 97年に10勝3敗で最高勝率に輝き、背番号を46から念願のエースナンバー・18に変更。98年は12勝を挙げて38年ぶりの日本一に貢献。00年から2年連続11勝を挙げ、02年オフには日本人最長となる6年契約を結んだ。

阪神移籍確実と言われたが

 04年はアテネ五輪で銅メダルを獲得し、翌年は最優秀防御率(2.52)、最多奪三振(177)の二冠を獲得。06年から2段モーションが禁止となり、当初は戸惑ったものの、07年は35イニング無失点の球団記録を樹立。08年シーズン終了後FA宣言し、一時は阪神移籍確実と言われたが残留した。

ギネス世界記録

 12年は4月に『横浜DeNAベイスターズ』の初勝利を飾り、7月には通算150勝を達成。14年からは一軍投手コーチを兼任し、16年には「プロ野球投手による安打最多連続年数」(24年)でギネス世界記録に認定されるなど、25年間横浜一筋で活躍。トレードマークのリーゼントから『ハマの番長』と呼ばれ、不動のエースとして活躍する一方、学校訪問などの社会貢献が評価され、07年には第9回ゴールデンスピリット賞を受賞した。

現役引退指導者に

 16年限りで現役を引退。17年に横浜DeNAベイスターズ『スペシャルアドバイザー』に就任。18年10月、一軍投手コーチに就任した。背番号は現役時代と同じ18。

通算成績

535試合172勝184敗 奪三振2481 防御率3.60。

LAST UP 2018/11/28