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上川徹(かみかわ とおる)

元サッカー審判員。1963年、鹿児島県出身。東海大学体育学部卒業。

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小学3年でサッカーを始める

 幼い頃は野球少年だったが、小学3年の時、学校にスポーツ少年団ができたのをきっかけにサッカーを始める。足の速さを買われてFWに抜擢され、6年生の時にはキャプテンを務めた。中学でもサッカー部に入部し、サッカー用具購入のため2年生からは新聞配達のアルバイトも行う。

ユース日本代表に選出

 高専サッカーの名門・国立鹿児島工業高等専門学校に進学。高専ゆえ全国高校選手権には出場できなかったが俊足、長身の大型FWとして注目され、2年生の時に国体選抜、3年生からはユース日本代表に選出され欧州遠征にも参加した。

ユニバーシアード代表候補に

 高専3年修了後、東海大学に進学。ユニバーシアード代表候補にも選ばれたが、右ひざを故障したため4年生からはDFとしても起用され、関東大学リーグ1部昇格に貢献した。

フジタ工業に入団するも

 教師を目指して教員採用試験を受験したが不合格だったため、86年に大学を卒業してフジタ工業に入社し、日本リーグ・フジタ工業サッカークラブ(現・湘南ベルマーレ)に入団。しかし怪我も多く、選手としての限界を感じていた時、当時Jリーグ開幕に向けて行われた選手経験者向けの審判養成講座に応募し、審判としての活動をスタート。91年に選手を引退して審判に専念し、94年に1級審判員を取得した。

AFCベストレフェリー

 95年からJリーグの副審を務め、96年から主審を担当。98年には国際主審に登録され、 2002年には日本サッカー協会からスペシャルレフェリー(SR)に認定された。02年にはAFCベストレフェリーにも選ばれ、03年・06年にはJリーグ優秀主審賞を受賞している。

ワールドカップの主審

 02年の日韓大会、06年のドイツ大会と2大会連続でワールドカップの主審を務め、ドイツ大会では日本人として初めて3位決定戦の主審を務めた。

 07年1月に審判員を引退し、トップレフェリーインストラクターに就任。今後は後進の育成に当たる。

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岡田正義

LAST UP 2007/07/18