畑山隆則(はたけやま たかのり)

タレント。元ボクシング世界チャンピオン。1975年7月28日生、青森県出身。

 二人兄弟の次男として生まれる。子供の頃から巨人ファンで小学4年で野球を始めると抜群の運動神経で4番でエース、キャプテンとして活躍。一方で喧嘩に明け暮れ、中学時代は野球部のエースとして活躍しながら無敵の喧嘩番長としても鳴らした。

 特待生として青森山田高校に進学しプロ野球選手を目指していたが、鼻っ柱の強さから先輩とそりがあわず1ヶ月で野球部を退部。野球を諦めてぼんやり過ごしていた時にテレビで観た辰吉丈一郎が世界王座を獲得した試合に刺激され、高校を2年で中退して上京、ヨネクラジムに入門してボクシングを始める。

 しかし大手ジムゆえ大勢の練習生に埋もれて満足な指導を受けられず、物足りなさを感じていた時に【 ボクシングマガジン 】で韓国人トレーナー・柳和龍の存在を知り、京浜川崎ジムに移るとすぐに才能を認められて柳の指導を受け、93年にプロデビュー。

 翌年全日本新人王を獲得し、95年からは雑誌の対談で知り合った片岡鶴太郎がマネジャーとなって試合ではセコンドにつき、翌年東洋太平洋王座を獲得(3度防衛)。97年に柳とともに横浜光ジムに移籍し、デビュー20連勝でWBA世界ジュニア・ライト級(現スーパー・フェザー級)王者・崔龍洙(韓国)に挑んだが引き分けに終わり王座獲得はならなかった。

 98年にチャンピオン・コウジ有沢を破って日本王座を獲得すると、同年には再戦で崔龍洙に判定で勝利し悲願の世界王座を獲得。しかし2度目の防衛戦でプロ初の敗北(TKO負け)を喫して王座陥落し現役を引退、柳も別のジムに移った。

 その後はジムのトレーナーをしながらタレント活動も始めたが、次第に不完全燃焼を感じるようになって練習を再開。新たに米国人のルディ・エルナンデスをトレーナーに迎えて現役に復帰し、約1年ぶりの復帰戦で1階級上のWBA世界ライト級王座に挑戦。王者・ヒルベルト・セラノ(ベネズエラ)にKO勝ちして日本人4人目の2階級制覇を達成。勝利者インタビューで「次は坂本選手とやります」と宣言した通り、初防衛戦では当時ライト級国内最強と言われていた坂本博之と対戦。大きな注目を集める中、10回TKOで勝利した。

 01年の3度目の防衛戦で判定負けを喫し現役を引退。引退後はタレントとして活躍する傍ら02年に竹原慎二とともに「竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム」をオープン。一方で98年に青森山田高校通信課程に入学し、01年に卒業して青森大学に進学している。

 なお96年に結婚した夫人とは男児をもうけたが03年に離婚。06年にフリーアナウンサー・清原久美子と再婚し、同年に男児が誕生した。

 プロボクシング戦績:29戦24勝(19KO)2敗3分け。

LAST UP 2011/08/04