河内敏光(かわち としみつ)

横浜ビー・コルセアーズ、スーパーバイザー兼ゼネラルマネージャー。元バスケットボール日本代表。1954年5月7日生、東京都出身。明治大学卒業。

 幼い頃はプロ野球選手に憧れて草野球に明け暮れ、中学校でも野球部に入部。しかし球拾いばかりで不満を感じていると、バスケ部にいた同じ1年生がすでに試合出場しているのを知り、校内球技大会で活躍したのをきっかけにバスケ部に移籍。

 すぐにレギュラー入りするも地区大会ベスト8止まりだったが、京北高校(現東洋大学京北高校)に進学すると、名門校の過酷な練習に耐えて2年生からレギュラー入りし、副キャプテンを務めて選抜大会、インターハイでベスト4。東京都選抜として出場した国体では優勝し、全日本ジュニアに選ばれた。なお国体時にそれまでのフォワードからガードに転向、さらなる才能が開花した。

 明治大学では1年生からレギュラー入りして、明治大学黄金時代の一員として活躍。全日本学生選手権を3連覇したほか、2年生の時には大学勢12年ぶりの全日本総合選手権優勝。4年生からは日本代表に選ばれている。

 卒業後日本リーグ2部だった三井生命に入社。入社直後からチームの中心となって強化に努め、1年目に2部リーグで優勝して新人王、ベスト5に選出。翌年1部昇格を果たした。現役時代は毎日9時から5時まで社業をこなしてから練習していたという。

 86年に現役を引退し、88年に三井生命のヘッドコーチに就任。93年から96年まで男子日本代表監督も務める。その後日本初のプロバスケットチーム「新潟アルビレックス」に設立から参加し、2000年に運営会社・新潟スポーツプロモーションの社長に就任した。

 04年には自らが先頭に立って設立したプロリーグ、bjリーグのコミッショナーに就任。05年には株式会社日本プロバスケットボールリーグ代表取締役社長に就任した。

 16年にプロバスケットボール新リーグ「B.LEAGUE」が開幕すると、競技指導や放送解説などを行うテクニカルアドバイザーに就任。18年にB.LEAGUEの横浜ビー・コルセアーズ、スーパーバイザー兼ゼネラルマネージャーに就任した。

LAST UP 2019/02/25