平良とみ(たいら とみ)

女優。1928年11月5日-2015年12月6日。沖縄県出身。本名:平良トミ子(旧姓:比嘉)。夫は俳優の平良進。

 那覇市で生まれたが、小学4年から石垣島に居住。雑貨店や行商をしていた母親と2人で暮らす。戦争により家計が苦しくなり、学費を稼ぐため、国民学校初等科から高等科へ進む42年に沖縄芝居の劇団「翁長小次郎一座」に入団。

 44年に国民学校高等科を卒業し営林署に就職したが、すぐに退職して芝居に専念し、看板女優として活躍。戦時中は一時活動を停止していたが、戦後は娯楽を求めた人々から大きな人気を集めた。52年に劇団の同僚・平良進と結婚、一男三女をもうけた。

 58年に夫婦揃って「翁長小次郎一座」を退団し「ときわ座」に移籍。移籍をきっかけに映画やテレビなどにも積極的に出演するようになる。70年に経営難により「ときわ座」が解散、翌年に演劇仲間と劇団「潮」を結成した。

 99年、初めて夫・平良進と恋人役を演じた映画【 ナビィの恋 】で注目され、01年に沖縄を舞台にしたNHK朝の連続テレビ小説【 ちゅらさん 】にヒロインの祖母役で出演。ナレーションも担当し、全国的な人気を獲得した。なお当初は朝ドラの大役ゆえ出演依頼を拒んでいたがプロデューサーの熱心なラブコールで出演を受諾。【 ちゅらさん 】の続編シリーズにもレギュラー出演した。

 沖縄芝居の担い手としての活躍が評価され沖縄県功労賞、沖縄県文化功労賞など数々の賞を受賞。映画、ドラマ、CMのほか、97年に結成した劇団「綾船」でも活躍していたが、15年12月、敗血症による呼吸不全のため死去した。87歳だった。

LAST UP 2019/01/13