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澤穂希(さわ ほまれ)

元サッカー選手。1978年9月6日生、東京都出身。帝京大学中退。ポジション:MF。164cm、55kg。利き足:両足。

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小学6年からベレーザの練習に

 兄の影響で6歳でサッカーと出合い、小学2年で名門「府ロクサッカークラブ」に入団。練習に明け暮れ、チーム唯一の女子ながら中心選手として活躍。小学6年からは女子サッカーの名門・読売ベレーザ(現日テレ・ベレーザ)の練習にも参加するようになった。元々左利きだが子供の頃に習字を右手で書いたことで両手が使えるようになり、プレーも両足でできるようになったという。

天才少女

 中学入学と同時にベレーザに入団。7月にリーグ戦デビューすると「天才少女」として注目を集め、同年は13試合で5得点をマーク。中学3年からは日本代表にも選ばれ、デビュー戦の93年アジア女子選手権フィリピン戦ではいきなり4得点を挙げた。15歳の時に両親が離婚し、兄とともに母親に引き取られている。

アメリカ移籍

 ベレーザでは背番号10を背負いエースとして活躍していたが、不況のあおりで99年にプロ契約を解除されたのを機に渡米し、コロラド・デンバー・ダイヤモンズに入団。翌年アトランタ・ビートに移籍し、米女子プロリーグ「WUSA」で活躍したが、03年にWUSAが活動を休止したため翌年ベレーザに復帰。

 その後はベレーザ、日本代表で不動のエースとして活躍し、04年にはアジアサッカー連盟年間女子最優秀選手賞を受賞。08年に女子日本代表『なでしこジャパン』の初タイトルとなる東アジア選手権優勝に貢献してMVPを受賞すると、北京五輪では3得点を挙げてベスト4に進出した。

 08年9月、新設の米女子プロリーグ「WPS」の海外選手指名ドラフトでワシントン・フリーダムから1位指名されて移籍し、09年は20試合に出場して3得点を挙げる。リーグ戦終了後レンタル移籍で日テレ・ベレーザに復帰して09年9月から10年1月までプレーした後フリーダムに戻り、10年は21試合で3得点。

W杯優勝

 10年11月に再度ベレーザに復帰。同年は『なでしこジャパン』のアジア大会初優勝に貢献し、11年1月にINAC神戸に移籍。自身5大会連続となった女子W杯では主将としてチームを牽引して日本サッカー史上初の世界一に輝き、得点王(5得点)とMVPを獲得。大会後『FIFA女子ワールドカップドイツ2011日本女子代表チーム』の一員として国民栄誉賞を受賞した。団体の受賞は初。

バロンドール

 なでしこリーグ2011ではINAC神戸創部10年目での初優勝に貢献。12年1月にはアジア人で初めてFIFA女子年間最優秀選手賞を受賞した。

ギネス記録

 12年は一時「良性発作性頭位めまい症」により欠場が続いたが復帰し、3大会連続4度目となるロンドン五輪で銀メダルを獲得。14年にはAFC初代殿堂入り。自身6大会目となった15年のW杯は準優勝、「FIFA女子ワールドカップ最多出場記録」としてギネス世界記録に認定された。11年大会での「FIFA女子ワールドカップ決勝における最も遅い時間に決めたゴール」もギネス世界記録に認定されている。

結婚引退出産

 15年8月に元ベガルタ仙台DF辻上裕章さんと結婚し、同年限りで現役を引退。17年1月に第一子の女児を出産した。

日本記録

 国際Aマッチ205試合出場、83得点は男子も含めて日本最多記録(19年3月13日現在)。

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荒川恵理子

LAST UP 2019/03/13