岡崎朋美(おかざき ともみ)

元スピードスケート選手(短距離)。1971年9月7日生、北海道出身。北海道釧路星園高校卒業。身長163cm。

実家は酪農業

 大自然に囲まれた北海道斜里郡清里町で酪農業を営む家に生まれる。濃い牛乳を飲んで育ったおかげで骨の強さには自信があるという。

太ももに才能を感じて

 子供の頃から運動神経抜群で小学3年でスケートを始める。スポーツでは負け知らずだったが、4年生の時に来た転校生にスケートで勝てず、練習に打ち込むようになり中学、高校でもスケートに没頭。しかしインターハイ4位が最高の平凡な選手で、高校限りでやめるつもりだったが、太ももの太さに才能を感じたスケート部監督・長田照正にスカウトされ90年に富士急行入社。

毎日涙を流すほど辛い練習

 同じく長田の教え子で憧れの人でもある橋本聖子らと毎日涙を流すほど辛い練習に打ち込み、92年に真駒内選抜500mで優勝。同年にはワールドカップに初参戦し、94年にはリレハンメル五輪に出場した(500m14位)。

朋美スマイル

 96年にW杯初優勝。96、97年に全日本スプリント選手権総合連覇を飾って日本のトップスケーターとなり、98年長野五輪500mではまだ不慣れだったスラップスケートを履いて日本女子短距離史上初の銅メダルを獲得。1000mでも7位に入賞し「朋美スマイル」で一躍スケート界のアイドルとなった。

トリノ五輪日本選手団主将

 スラップスケートをマスターして更なる飛躍を遂げ、99-00年シーズンはW杯4勝。椎間板ヘルニアの手術を乗り越えて臨んだ02年ソルトレーク五輪500mは日本人最高の6位入賞。05年には5シーズンぶりのW杯優勝を飾り、日本選手団主将を務めた06年トリノ五輪500mは3位とわずか0.05秒差の4位だった(1000m16位)。07年に大手石油会社勤務の安武宏倫さんと結婚している。

出産からの復帰

 09年3月に4年ぶりに自己記録を更新。5大会連続となる10年バンクーバー五輪では旗手を務めるも、500m16位、1000m34位と自己ワーストに終わったが、ソチ五輪に向けて現役続行。10年12月に第一子の女児を出産し11年11月、約1年8ヶ月ぶりに大会に復帰した。

現在

 13年のソチ五輪代表選考会で6位に終わり、現役を引退。15年10月に富士急行を退社し、よしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約を結んだ。

LAST UP 2017/08/07