フリーアナウンサー。元TBSアナウンサー。生年月日:1950年12月24日。宮城県気仙沼市出身。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校卒業。本名:生島博。身長168㎝。
- アメリカに憧れ英語を猛勉強
- 大学を休学して渡米
- 「僕を採らないと損しますよ」
- 独立して生島企画室を設立
- おばあちゃま、壊れちゃったの?
- 大学に1000万円寄付
- 生島企画室
- 生島企画室チャンネルを開設
- 関連人物
- 作品
アメリカに憧れ英語を猛勉強
宮城県・気仙沼に4人兄弟の長男として生まれる。17歳下の弟はスポーツライターの生島淳。祖父が英語教師、叔母の夫がアメリカ人ということもあって幼い頃から英語に親しむ。テレビドラマを通じてアメリカに憧れ、中学時代は英語の猛勉強に励んだ。
大学を休学して渡米
進学を決めたのが高校3年の秋と遅かったが、法政大学に合格して単身上京。大学時代は様々なアルバイトをして学費や生活費を稼ぐ傍ら、同好会に所属して空手に打ち込む。
当時盛んだった学生運動に入り切れず悶々とした日々を過ごしていた時に同好会の師範から空手普及のための渡米の誘いを受ける。快諾するもその計画は実現しなかったが、アメリカ留学への想いは膨らみ、71年に大学を休学して単身渡米した。
「僕を採らないと損しますよ」
ハワイ、サンフランシスコを経てロサンゼルスに居住し、ハウスキーパーやいちご園のアルバイトなどで資金を貯めて2年制の大学、フルトン・コミュニティ・カレッジに入学。放送学科でラジオDJの面白さに目覚め、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に編入すると放送ジャーナリズムを専攻してアナウンサーに憧れるようになる。
75年に大学を卒業して帰国。TBSの入社試験を受験し、最終面接では「僕を採らないと損しますよ」と言い放つも見事合格し、76年に入社した。
独立して生島企画室を設立
TBSではラジオ『夜は友だち』やテレビ『アッコにおまかせ!』などに出演して人気アナウンサーとして活躍していたが89年に退社。弟の生島隆(現社長)とプロダクション「生島企画室」を設立した。
おばあちゃま、壊れちゃったの?
現在は生島企画室代表取締役会長を務める傍ら、自らもテレビ、ラジオのほか講演や執筆活動など幅広く活躍。ファイナンシャルプランナー、福祉住環境コーディネーターなどの資格も取得し、義母の介護体験を綴った著書【 おばあちゃま、壊れちゃったの? 】は反響を呼び、ドラマ化された。
大学に1000万円寄付
20年6月、新型コロナウイルス感染拡大で困窮する学生を支援するため、母校・法政大学と青山学院大学に計1000万円寄付した。
生島企画室
生島企画室には現在100人以上が所属し、浅野温子、池畑慎之介、優木まおみ、小林麻耶、藤田紀子のほか長男の生島勇輝、次男の生島翔も所属している。
生島企画室チャンネルを開設
20年6月にYouTubeに『生島企画室チャンネル』を開設。8月には長男の生島勇輝がYouTubeデビューを果たした。
関連人物
LAST UP 2020/08/08