間寛平(はざま かんぺい)

コメディアン。1949年7月20日生、高知県出身。柏原高校卒業。本名:間重美(はざま しげみ)。

 生まれる直前に父親が病死し、母親の女手一つで育てられる。生まれは高知だが、小学6年で大阪に転居。中学時代は新聞配達や材木屋でアルバイトをして小遣いを稼ぎ、高校時代は野球部で補欠として過ごす一方、映画好きが高じて芸能人に憧れるようになった。

 高校卒業後歌手を目指して上京。キャバレーでボーイのアルバイトを始めると、働きぶりが評価されて店を任されるようになるも売り上げが悪くてクビになり帰郷。大阪では職を転々とした後、白タクを始めたが直後に交通事故に遭って入院。入院中テレビやラジオのお笑い番組を見ているうちにコメディアンに憧れるようになり、退院後ストリップ劇場で芸人修業を開始。幕間のコントに出演するようになるとすぐに人気者になり、劇場界隈ではちょっとしたスターになった。

 1年間の修業の後、70年に研究生として吉本興業に入社。吉本新喜劇で活躍すると74年には座長も務め、75年には歌手デビュー曲【 ひらけチューリップ 】が大ヒットするなど人気コメディアンとなる。78年に新喜劇の団員だった光代夫人と結婚した。

 35歳の時、マラソンで優勝する夢を二日続けてみてマラソンを始める。初のフルマラソンとなった86年のホノルルマラソンでは3時間13分の好タイムで完走。その後約246キロの「スパルタスロン」や7日間砂漠を走る「サハラマラソン」も完走している。

 89年、夢の中で今度は亡父らしき人に「東京で勝負しろ」と言われたのがきっかけで新喜劇を退団。東京に進出して活躍の場を広げると、92年に今では恒例となっている『24時間テレビ』の第1回チャリティーマラソンにチャレンジ。リタイアしてしまったが翌年再チャレンジして完走した。

 お笑いのほかにも映画や音楽などでも活躍し、長男・間慎太郎もミュージシャンとして活躍している。06年2月には長女が第一子を出産、おじいちゃんになった。

 08年12月17日、地球を一周する「アースマラソン」に出発。途中前立腺がんを発症するも治療して再開し、マラソンとヨットで約4万キロを完走、11年1月21日にゴールの大阪に到着した。

LAST UP 2011/01/21