萩原美樹子(はぎわら みきこ)

元女子バスケットボール日本代表。1970年4月17日生、福島県出身。身長178cm。

父親は元実業団選手

 実業団バスケ選手だった父親の影響で、小学4年でミニバスケットを始める。以後毎日練習後にノートをつけ、休日は父親相手に練習に励むなどバスケット漬けの日々を送る。

インターハイに2度出場

 中学時代は県大会で優勝したが東北大会で敗れて全国大会出場ならず。勉強も好きだったため受験勉強にも励み、地元の進学校・福島女子高校に進学。1年、3年とインターハイに2度出場。2年生の時には全日本ジュニアの候補に選ばれた。

進学希望だったが

 進学希望で、実業団からの誘いは断わっていたが、子供の頃からの憧れ「共同石油(現・JOMOサンフラワーズ)」の中村和雄監督(当時)から熱心に誘われ、89年に共同石油に入社した。当初は共石でプレーしながら大学に通うことを考え、受験勉強に励んで大学にも合格したが、ルール改正により掛け持ちが禁止されたため進学は断念した。

4年連続得点王

 89年には全日本にも選ばれ、以後共石、全日本でエースとして活躍。日本リーグでは93年から4年連続で得点王を獲得。96年には女子バスケットとしては20年ぶりのオリンピックとなるアトランタ五輪に出場し7位に入賞した。

日本人初のWNBA入団

 97年には日本人として初めてWNBAに入団。サクラメント・モナークス、フェニックス・マーキュリーで2シーズンプレイした後ジャパンエナジー(現・JOMOサンフラワーズ)に戻った。

引退後早大に進学

 99年1月の全日本総合選手権で優勝した試合を最後に現役を引退。引退後1年間受験勉強に励み、2000年に早稲田大学第二文学部に合格。5年かけて卒業し大学院に進んだ。

 現在、バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ、早稲田大学女子バスケットボール部ヘッドコーチなどを務めている。

LAST UP 2007/07/24