風神ライカ(ふうじん らいか)

女子プロボクサー。1976年1月24日生、京都府出身。大垣女子短期大学卒業。旧リングネーム:ライカ。本名:来家恵美子(らいか えみこ)。

 母親が17歳で恵美子(ライカ)を出産するも当時父親には別の家庭があったため、母親の実家で育てられたが祖母が死去し3歳で児童養護施設・迦陵園に預けられる。

 高校時代に漫画【 はじめの一歩 】と出合ってボクシングに興味を持つも、当時まだ女子ボクシングが普及していなかったため断念。高校卒業と同時に迦陵園も卒園して短大に進学し、紡績会社で働きながら歯科衛生士の資格を取得して短大卒業後歯科医院に就職。しかし1ヶ月で退職し、その後は電子工場や老人ホームなどで働いていたが、通勤途中に見かけたボクシングジムに入門して22歳でボクシングを始める。

 アマチュアの大会で活躍した後プロを目指して上京し、山木ジムに入門。2000年にプロデビューし、02年に初代日本フェザー級王座を獲得すると同年にはWIBA世界フェザー級に挑戦、判定勝ちで世界王座を獲得した。なお女子では97年にシュガーみゆきが日本女子初の世界王者に輝いている。

 3度防衛後王座を返上、05年に挑戦したWIBA世界スーパーフェザー級王座決定戦は敗れたが、翌年5月にIFBA世界スーパーライト級王座を獲得して2階級制覇を達成。同年12月にはWIBA世界ライト級王座を獲得し、日本女子初の3階級制覇を達成した。

 07年4月に挑んだWBC世界スーパーフェザー級王座は判定負けで4階級制覇はならなかったが、同年11月にWIBAライト級王座の初防衛に成功すると08年2月には日本ボクシングコミッション(JBC)の第1回女子プロテストに合格。JBCでは一語のリングネームが認められていないためリングネームをそれまでの『ライカ』から『風神ライカ』に改名して出場した5月の女子ボクシング立ち上げ記念興行で判定勝ち。8月にはWBC世界ライト級王座決定戦に挑んだが判定で敗れた。

 09年6月に山木ジムから竹原慎二畑山隆則ボクサ・フィットネス・ジムに移籍し、7月にプロ初黒星を喫した因縁の相手、レイラ・マッカーターの持つWBAライト級王座に挑んだが判定敗け。10年9月、OPBF東洋太平洋女子ライト級初代王座決定戦に判定勝ちして王座を獲得した。

 プロ戦績:29戦22勝(9KO)6敗1分け

LAST UP 2011/07/21