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清水邦広(しみず くにひろ)

バレーボール選手:パナソニックパンサーズ所属。生年月日:1986年8月11日。福井県福井市出身。東海大学卒業。ポジション:オポジット。身長192cm、体重97kg。血液型:B型。ニックネーム:ゴリ。

母親の影響で

 ママさんバレーの選手だった母親の影響で、小学4年で本格的にバレーを始める。強豪・美山中学校に進学し、1年生でレギュラー入りしたが、2年生の時に左目にボールを受けて網膜はく離を発症。失明は免れたものの視力が0.04まで低下し、現在もプレー時は左目だけコンタクトレンズを使用している。

ゴリと呼ばれるように

 3年生で復帰し、JOC杯(全国都道府県対抗中学大会)でJVA・JOCカップとオリンピック有望選手を受賞。名門・福井工業大学附属福井高校に進学し、春高やインターハイで活躍したが、3年生のインターハイでは準々決勝でライバル・福澤達哉率いる洛南高校に敗れ、ベスト4入りはならなかった。高校時代に監督からその野性味溢れるプレーを「ゴリラ」と評され『ゴリ』と呼ばれるようになったという。

 東海大では1年生からレギュラー入りし、06年の黒鷲旗で大学勢では18年ぶりに決勝進出(準優勝)してベスト6を受賞し、同年全日本インカレ優勝。

全日本デビュー

 07年のワールドリーグで全日本デビュー。大会途中の緊急召集だったがいきなり大活躍して同年のワールドカップは初戦からスタメン出場。08年は16年ぶりの五輪出場権獲得に貢献し、北京五輪にも出場した(5戦全敗で1次リーグ敗退)。

パナソニック入団

 福澤とともにパナソニック入団が決定し、大学在学中の09年1月から内定選手として08/09V・プレミアリーグに出場。最優秀新人賞は福澤に譲ったが、同年5月の黒鷲旗では黒鷲賞(MVP)を受賞。11月のグラチャンでは32年ぶりとなる4大大会での銅メダル獲得に貢献し、ベストスコアラー賞を受賞した。

 09/10V・プレミアリーグでは2年ぶりの優勝に貢献して初のMVPを獲得(ベスト6賞、スパイク賞も初受賞)し、10年は2年連続の黒鷲賞を受賞。

 12年には歌手・中島美嘉との交際が報道され話題になる。3月末に右足首を手術するも6月のロンドン五輪世界最終予選に強行出場し、大会ベストスパイカーランキング1位に輝くも、日本は4位に終わってロンドン五輪出場はならなかった。

中島美嘉と結婚

 13/14V・プレミアリーグでは2年ぶりの優勝に貢献して2回目のMVPを獲得。14年12月に中島美嘉と結婚。15年のアジア選手権では優勝に貢献し、MVPを受賞。15/16V・プレミアリーグでは初の敢闘賞と3回目のベスト6賞を受賞した。

離婚怪我復帰

 18年2月2日に中島美嘉と離婚。同月18日、試合中に右膝を負傷。右膝前十字靭帯断裂、右内側側副靭帯断裂、半月板損傷などで全治12か月の診断を受ける。リハビリを経て19年2月2日、349日ぶりに復帰したが、膝化膿性関節炎により2月11日に手術を受けた。

 3月のファイナルステージで復帰。パナソニックは新生V.LEAGUE初代王者に輝くとともにリーグ連覇を達成。5月の黒鷲旗では準優勝に貢献し、2年ぶり2回目の敢闘賞と2年ぶり6回目のベスト6を受賞した。

通算得点日本記録

 19-20V.LEAGUE DIVISION1は惜しくも3連覇ならなかったが、準優勝に貢献し、4年ぶり2回目の敢闘賞を受賞。11月のサントリー戦では宮崎謙彦(元パナソニック)のVリーグ通算得点4049を上回る4057点を達成、通算得点数の日本記録を更新した。通算出場230試合も達成し、Vリーグ栄誉賞も受賞している。

関連人物

石川祐希 永野健 深津英臣 福澤達哉
20年度男子日本代表登録メンバー

LAST UP 2020/07/23

深津英臣(ふかつ ひでおみ)

バレーボール選手:パナソニックパンサーズ所属。生年月日:1990年6月1日。愛知県豊田市出身。東海大学卒業。身長181cm、体重74kg。血液型:A型。ポジション:セッター。ニックネーム:オミ。

深津三兄弟の三男

 3人兄弟の三男として生まれる。3歳上の長兄・旭弘はJTサンダーズ広島のセッター、2歳上の次兄・貴之は豊田合成トレフェッサのアシスタントコーチで、バレー界では「深津三兄弟」として知られる。

中学3年でセッター転向

 子供の頃から運動神経抜群で、幼稚園の時に空手の全国大会で優勝。小学2年で二人の兄と一緒にバレーを始める。中学3年でJOC杯(全国都道府県対抗中学大会)に愛知選抜として出場した際、それまでのアタッカーからセッターに転向した。これはセッターとして育成しようと考えていた星城高校監督が、愛知選抜の指導者に依頼して実現したものだと言う。

3兄弟でインカレ優勝

 星城高校時代はセッターとして2年生の時に春高準優勝、3年生の時はインターハイ、国体で優勝し、東海大学に進学。小学校から大学までずっと兄と同じ進路を歩み、09年の全日本インカレでは3兄弟そろっての優勝を果たした。

宇佐美大輔の後継者

 13年にパナソニックパンサーズに入団。引退した宇佐美大輔に代わるセッターとして期待を集めるとそれにたがわぬ活躍を見せ、入団直後の黒鷲旗では準優勝に貢献して若鷲賞を受賞。13/14シーズンのV・プレミアリーグでは2年ぶりの優勝に貢献し、最優秀新人賞とベスト6賞を受賞した。

キャプテンとしてリーグ2連覇

 18-19V.LEAGUE DIVISION1ではキャプテンとして連覇とともに新リーグ初代王者に導き、2年連続3回目のベスト6を受賞。19-20V.LEAGUE DIVISION1は惜しくも3連覇ならなかったが、準優勝に貢献し、3年連続4回目のベスト6を受賞した。

日本代表主将

 日本代表にも選ばれ、15年のアジア選手権で優勝し、ベストセッター賞を受賞。16年の世界最終予選で敗退し、リオ五輪出場はならず。17年度は日本代表の主将を務めた。現在20年度男子日本代表登録メンバーに選ばれている。

石川祐希への賛辞

 なお全日本のエースで、高校の後輩である石川祐希に対しては「今後石川のような選手は出てこない。『昔はもっとすごい選手がいた』と言われることもあるが、彼に勝る選手は絶対にいない」と最大級の賛辞を送っている。

関連人物

石川祐希 清水邦広 永野健
20年度男子日本代表登録メンバー

LAST UP 2020/07/22

鍋谷友理枝(なべや ゆりえ)

バレーボール選手:デンソーエアリービーズ所属。生年月日:1993年12月15日。東京都大田区出身。東九州龍谷高校卒業。身長177cm。ポジション:アウトサイドヒッター。ニックネーム:レイ。

小学校3年生でバレーを始める

 ともに春高出場経験を持つ両親のもと、小学3年でバレーを始める。父親は元全日本選手・大竹秀之と法政二高の同級生で、その娘でデンソーのチームメイト・大竹里歩は幼なじみ。

中学時代

 両親の結婚が同じ年で誕生日もわずか8日違い、という縁もあって「同じチームでやらせたい」と父親が話し合い、大竹里歩と一緒に淑徳SC中等部に進学。3年生の時に全国中学校体育大会で8強入り。東京都代表として出場した全国都道府県対抗中学大会ではオリンピック有望選手を受賞した。

高校時代

 「日本一になりたい」と親元を離れて大分県の東九州龍谷高校に進学。全国屈指の名門・東龍で1年生からレギュラー入りし、同年の全日本選手権ではV・プレミアリーグのNEC、パイオニアを破る偉業を成し遂げ4強入り。3年連続インターハイ・国体・春高に出場して全てでベスト4以上に進み、6度優勝。3年生の時は主将も務めて春高MVPを受賞するなど、高校バレー界を代表するエースアタッカーとして活躍した。

デンソー入団

 11年12月に大竹とともにV・プレミアリーグのデンソー入団が決定し、内定選手として12年3月にプレミアデビュー。13年には第1回世界U-23女子選手権で銅メダル獲得に貢献し、15年はワールドグランプリ、ワールドカップに出場。

リオ五輪出場

 16年はリオ五輪世界最終予選で出場権獲得に貢献し、リオオリンピックにも出場(準々決勝敗退)。
 17年の黒鷲旗ではデンソーの優勝に貢献し、ベスト6を初受賞。18-19シーズンはデンソーのゲームキャプテンを務め、19-20シーズンからキャプテンに就任した。

目の保護のためゴーグルを着用

 19年9月のワールドカップではゴーグルを着用してプレーする姿が話題になった。4月の合宿中に右目にボールが直撃し、網膜振盪症で全治1か月の診断を受けたことによる保護のため。

 着用していたのはスポーツアイウェアブランド【 SWANS 】のアイガードで、20年5月、【 SWANS 】とアドバイザリースタッフ契約を結んだ。

関連人物

大竹里歩 田代佳奈美 中田久美
2020年度女子日本代表メンバー

LAST UP 2020/07/21

山口舞(やまぐち まい)

元バレーボール選手。生年月日:1983年7月3日。三重県志摩郡志摩町(現志摩市)出身。大阪国際滝井高校卒業。ポジション:ミドルブロッカー、ウイングスパイカー。身長176cm。血液型:O型。ニックネーム:ユメ、パール。

志摩半島の最南端に生まる

 三重県志摩半島の最南端・志摩町(現志摩市)に生まる。土地柄よく海で泳ぎ、新鮮な魚を食べて育ったという。

日本一を目指したい

 友達に誘われ小学4年でバレーボールを始める。中学3年の県大会で3位に入って強豪校から誘われ、「日本一を目指したい」と名門・大阪国際滝井高校に進学。寮生活を送り、1年生の時に全国私立高校選手権で優勝。インターハイではベスト8に入り、02年にシーガルズ(現岡山シーガルズ)に入団。

シーガルズ

 3年目からレギュラー入りして06年の国体5連覇、07/08V・プレミアリーグでのチーム初のセミファイナル進出に貢献。10/11V・プレミアリーグで通算230試合出場を達成してVリーグ栄誉賞を受賞すると、11/12は2度目のセミファイナル進出を果たし、初のベスト6賞を受賞した。

グラチャンでブレーク

 全日本は09年に初選出。全日本デビューとなったワールドグランプリは出場機会が少なかったが、怪我の狩野舞子に代わって緊急招集されたグラチャンで大ブレーク。チームでのセンターではなく、ライトでの起用だったものの持ち前のスピードで相手を翻弄して4位に貢献、荒木絵里香とのコンビプレーはブラジル監督からも称賛された。

ロンドン五輪銅メダル

 翌10年の世界選手権では銅メダル獲得に貢献し、11年のワールドカップは4位。12年ロンドンオリンピックでは銅メダルを獲得した。

 13年からはシーガルズのキャプテンを務め、13/14V・プレミアリーグではチーム史上最高となる2位に貢献し、2回目のベスト6賞を受賞。

リーグ記録

 18-19シーズンには杉山祥子(元NEC)が持っていたリーグ通算出場セット数記録1303を更新して1317まで伸ばす。通算出場試合数も櫻井由香(元デンソー)のリーグ記録381試合に並んだが、19年5月の黒鷲旗を最後に現役を引退した。

現在

 19年7月、学校法人中国学園 中国学園大学・中国短期大学の広報担当(主任)に就任した。今後は大学職員の業務をしながら岡山のスポーツ界の発展にも努めるという。

関連人物

荒木絵里香 狩野舞子 宮下遥

LAST UP 2020/07/20

竹下佳江(たけした よしえ)

姫路ヴィクトリーナ取締役球団副社長。生年月日:1978年3月18日。福岡県北九州市出身。不知火女子高校(現・誠修高校)卒業。身長159cm。血液型:A型。ニックネーム:テン。

5年生でセッターに

 北九州市に二人姉妹の次女として生まれる。姉の影響で小学2年でバレーを始めると抜群の運動神経でみるみる上達し、5年生でセッターになる。小学生の頃は牛乳をたくさん飲み、器具を購入するなど様々な伸長法を試したという。

名門・不知火女子高校に進学

 中学時代は県大会で優勝し、福岡選抜にも選ばれ、名門・不知火女子高校(現・誠修高校)に進学。寮に入ってテレビも全く見ないバレー漬けの生活を送り、3年生の時に世界ユース選手権で優勝。

低身長で実業団を諦めかけたが

 しかし低身長ゆえ声がかからず、実業団入りを諦めかけたが葛和伸元監督(当時)に誘われ、96年にNECレッドロケッツに入団。正セッターとなった99-00年の第6回Vリーグで21戦全勝の完全優勝に貢献し、ベスト6に選ばれた。

史上初めて五輪出場を逃し

 97年に全日本に初選出されたが、2000年のシドニー五輪最終予選で敗退。日本女子バレー史上初めて五輪出場を逃すと、竹下の低身長が一因として批判にさらされたことなどで情熱を失い、02年4月に現役を引退。その後はハローワークに通い福祉関係への就職を目指したが、当時V1リーグに降格していたJTマーヴェラスから、Vリーグ復帰の切り札として熱心な誘いを受け、02年8月に現役復帰。期待通りの活躍でVリーグ昇格を果たした。

2大会ぶりの五輪出場

 03年に柳本晶一監督の下で全日本に復帰し、ワールドカップで最優秀敢闘賞を受賞。04年は2大会ぶりの五輪出場権獲得に貢献し、アテネ五輪にも出場。同年にJTとプロ契約を結び、05年には吉原知子の後を継いで全日本の主将に就任。06年世界選手権は日本は6位だったが、MVPを受賞した。

世界選手権銅メダル

 08年北京五輪は準々決勝敗退で2大会連続の5位。09年には全日本主将を荒木絵里香に譲ってコーチ兼任となり、10年の世界選手権で銅メダル獲得。10/11V・プレミアリーグでは創部以来初優勝を果たし、2年連続5回目のベスト6賞を受賞。11年の黒鷲旗でも初優勝を飾ってベスト6に選ばれた。

ロンドン五輪銅メダル

 11年ワールドカップは4位に終わったが、ベストセッター賞を受賞。12年ロンドン五輪では28年ぶりの銅メダルを獲得。五輪後JTを退部して長期休養に入る。13年6月に日本バレーボール協会理事に就任。同年7月、現役引退を表明した。

ヴィクトリーナ姫路監督就任

 16年6月、新設の女子バレーボールチーム・ヴィクトリーナ姫路の監督に就任。17年6月には芸能プロダクション・アミューズとマネージメント契約を結んだ。

球団副社長に就任

 ヴィクトリーナ姫路を率いて18-19シーズンからV.LEAGUE  DIVISION2に参戦すると1年目で優勝に導き、DIVISION1に昇格。19-20シーズンはリーグ最下位に終わるもチャレンジマッチで勝利し、DIVISION1残留を果たした。

 19-20シーズン限りで監督を退任し、球団副社長に就任した。

広島カープ・江草仁貴と結婚

  なお12年3月にプロ野球・広島カープの江草仁貴投手と結婚し、15年5月に第一子の男児を出産している。

関連人物

荒木絵里香 柳本晶一 吉原知子

LAST UP 2020/07/15

座安琴希(ざやす ことき)

バレーボール選手:久光スプリングス所属。1990年1月11日生、沖縄県出身。中部商業高校卒業。ポジション:リベロ。身長159cm。血液型:A型。ニックネーム:コトキ。

3姉妹でバレー

 沖縄県うるま市に3姉妹の次女として生まれる。姉・妹とも1歳違い。小学3年でバレーを始めるとセッターに抜擢され、スパイカーの姉、リベロの妹と練習に打ち込む。高江洲中学時代は部員が少なく、3姉妹で中心選手として活躍した。

リベロ転向

 高校時代はキャプテンも務め、春高やインターハイに出場。久光製薬から誘われるもセッターではなく、わずかな経験しかないリベロとしてだったため初めは断ったが、座安のプレーを買っていた当時の監督・眞鍋政義(前全日本女子監督)の意向もあって熱心に勧誘され、08年に入団。

佐野優子の影響を受け

 同じチームのリベロ・佐野優子の影響を受けながら練習に明け暮れ、佐野の海外移籍により、10/11シーズンからスタメンに定着。セッター経験を生かした、トスを上げられるリベロとして活躍し、11/12V・プレミアリーグではベストリベロ賞、サーブレシーブ賞を初受賞した。

 全日本には11年に初選出されるも、ワールドカップは出場機会が少なく、ロンドン五輪出場もならず。

史上初のシーズン3冠に貢献

 12/13は中田久美新監督のもと女子史上初のシーズン3冠(全日本選手権、プレミアリーグ、黒鷲旗)に貢献し、2年連続のV・プレミアリーグ・ベストリベロ賞、サーブレシーブ賞を受賞。黒鷲旗でもベストリベロ賞を初受賞した。

リオ五輪出場

 14/15、15/16シーズンは久光製薬のキャプテンを務める。16年のリオ五輪世界最終予選ではレシーバーとして出場権獲得に貢献し、オリンピックにも出場した(日本は5位)。

フランス移籍

 16年9月から17年6月までフランスの名門・RCカンヌでプレーし、ベストリベロ賞を獲得。久光製薬に復帰した17/18V・プレミアリーグはレギュラーラウンドで21戦全勝を飾り、2年ぶり6度目の優勝。18-19V.LEAGUE DIVISION1も連覇し、新リーグ初代王者に輝いた。

 久光製薬スプリングスは20/21シーズンからチーム名を『久光スプリングス』に変更した。

関連人物

石井優希 岩坂名奈 佐野優子 中田久美

LAST UP 2020/07/07

石井優希(いしい ゆき)

バレーボール選手:久光スプリングス所属。1991年5月8日生、岡山県出身。就実高校卒業。ポジション:アウトサイドヒッター。身長180㎝。血液型:A型。ニックネーム:ユキ。

「頑張ったら日本代表に」

 ママさんバレーをしていた母親の影響で、小学2年でバレーを始める。アタッカーとして活躍し、小・中学生時代は年子の姉と一緒にプレー。セッターだった姉のトスを打つのが好きだったという。

 岡山県選抜として出場した中学3年のJOC杯(都道府県対抗中学大会)で優秀選手に選出。県選抜の監督から「頑張ったら日本代表になれる」と言われたことが励みになる。

就実高校で2度春高に

 強豪・就実高校に進学すると自宅から通える距離ながら、あえて寮に入って厳しい環境に身を置き、春高に2度出場(1年生ベスト16、2年生2回戦。当時は3月開催だったため3年次は出場不可)。

VリーグMVP

 高校在学中の10年1月に久光製薬の入団内定選手となり、11月のV・プレミアリーグ開幕第2戦でデビュー。13/14V・プレミアリーグでサーブ賞を受賞。

 16/17シーズンは準優勝に貢献して敢闘賞を受賞。17/18シーズンは2年ぶり6回目の優勝に貢献しMVPを獲得、レシーブ賞、ベスト6も受賞した。

キャプテンに就任

 18-19V.LEAGUE DIVISION1でも活躍して連覇に貢献、チームを新リーグ初代王者に導いた。岩坂名奈に代わり、19-20シーズンから久光製薬のキャプテンを務める。

 久光製薬スプリングスは20/21シーズンからチーム名を『久光スプリングス』に変更した。

日本代表

 日本代表は11年に初選出される。12年ロンドン五輪出場はならなかったが、13年から代表に定着し、16年はリオデジャネイロ五輪に出場した(日本は5位)。2020年度女子日本代表メンバーにも選ばれている。

関連人物

岩坂名奈  座安琴希
2020年度女子日本代表メンバー

LAST UP 2020/07/05