吉村禎章(よしむら さだあき)
読売巨人軍二軍監督。1963年、奈良県出身。PL学園高校卒業。
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PL学園では主将を務め81年、3年生の時に春の甲子園で優勝。同年のドラフト会議で巨人から3位で指名される。本人は法政大学進学を熱望していたが、憧れの王貞治助監督(当時)に説得され巨人入り。 2年目から一軍定着。勝負強く堅実な打撃で好成績を残し「ONの後継者」と言われたが 88年7月、札幌・丸山球場で守備の際、栄村忠広選手と激突。膝を支える4本の靱帯のうち3本を断裂、プロ野球史上最悪ともいわれる大怪我を負う。選手生命も危ぶまれたがアメリカでフランク・ジョーブ博士の下で手術を受けた後、ベトナム戦争で両脚を失った兵士や障害を持つ子供などの励ましを受けて懸命のリハビリに励み89年9月、
1軍復帰。90年にはリーグ優勝を決めるサヨナラホームランを放ち、カムバック賞も受賞した。 98年のシーズンを最後に現役を引退。02、03年に原監督のもとで打撃コーチを務め、05年10月、二軍監督に就任した。
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