吉幾三(よし いくぞう)
| 歌手。1952年、青森県出身。本名 鎌田善人(かまた よしひと)。 |
農家の9人兄弟の末っ子として生まれる。父・鎌田稲一さんが民謡歌手としても活動していたため子供の頃から父について人前で歌を歌った。中学入学後ギターを始め、中学2年の時に演歌歌手になることを決意。中学卒業後に上京、東京に嫁いでいた姉のもとに居候し板前見習いやトラック運転手の助手などのアルバイトをしながら作曲家・米山正夫のもとでレッスンに励み、
72年に芸名「山岡英二」として【 恋人は君ひとり 】でデビュー。その後もシングルを発売したがレコードは売れず、前座歌手となり笹みどりや水前寺清子の前座を務めた。前座歌手時代に買ったフォーク・ギターがきっかけでフォーク・ソングにのめり込み、自らも作詞・作曲を行うになった。 77年にエルヴィス・プレスリーが死去。その際周囲がその話題で持ちきりになったことに反感を抱き、酒の勢いにまかせて即興で歌った歌が評判になり、同年に新芸名「吉幾三」として千昌夫プロデュースの【
俺はぜったい!プレスリー 】で再デビュー。【 俺はぜったい!プレスリー
】は大ヒット、ユニークな芸名も話題になり知名度を獲得したがその後は発売したレコードが売れず低迷。
82年には潰瘍性大腸炎で3ヶ月間入院し歌手を辞めようとも思ったが入院中に作曲した 【
俺ら東京さ行ぐだ 】 が85年に大ヒット。その後も【
雪國 】 (作詞・作曲:吉幾三)、 【
酒よ 】 (作詞・作曲:吉幾三) がヒットし人気歌手となった。持ち前のキャラクターを生かして俳優としても活躍、NHK大河ドラマ【 いのち
】などに出演した。 演歌歌手としては珍しく自ら作詞・作曲を行い、千昌夫、 五木ひろし、美川憲一、金沢明子などへ楽曲提供も行っている。
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