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山本博(やまもと ひろし)


アーチェリー選手。1962年10月31日生、神奈川県出身。
日本体育大学卒業。弘前大学大学院在学。

 子供の頃は野球少年だったが、保土ヶ谷中学校入学後に体験したアーチェリー部の練習でアーチェリーにのめり込む。その後は部活のほかアーチェリー場にも通って料金代わりに店の手伝いをして練習に打ち込み、中学3年の時に史上最年少で全日本選手権に出場。
 横浜高校時代は3年連続インターハイ個人で優勝し、後輩の指導にも力を入れた3年生の時には団体でも優勝。高校時代はあらゆる高校記録を塗り替え、80年にはモスクワ五輪の補欠にも選ばれた。
 日体大、同志社大などから誘われ同志社大を受験したが、問題が解けず答案を適当に記入した事が問題視され不合格。浪人生となって予備校通いやアルバイトをしながら練習に打ち込み、翌年日体大に入学。
 大学では1年生の時にアジア大会で優勝し、84年ロサンゼルス五輪では銅メダルを獲得。全日本学生選手権も4連覇して卒業後日体大助手となり、88年ソウル五輪では8位入賞。五輪後に結婚し、89年に大宮開成高校の保健体育教諭となってアーチェリー部の指導も始めると90年には70メートルで344点の世界記録を樹立。しかし金メダル候補だったバルセロナ五輪は17位、アトランタ五輪では19位と成績を落とし、シドニー五輪は代表から落選した。
 2大会ぶりの出場となった04年のアテネオリンピックでは20年ぶりの五輪メダルとなる銀メダルを獲得。06年に大宮開成高校を退職して日本体育大学女子短期大学部助教授(現・准教授)になると06年6月には日本人として初めて国際アーチェリー連盟の世界ランキング1位にランクされた。
 07年9月のアジア選手権予選ラウンドで16位に終わって北京五輪出場はならなかったが、09年6月の国体埼玉県予選70メートルラウンド(72射)では687点の日本新記録を樹立。9月の世界選手権では男子団体で銅メダルを獲得した。日本男子団体のメダル獲得は32年ぶり3度目。
 11年に弘前大学大学院に入学し、医学部社会医学講座を受講しながらロンドン五輪を目指したが、同年のワールドカップ第1次選考会で8位に終わり、五輪出場が消滅した。

LAST UP 2011/11/16
 
作品   
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関連人物   
浜口京子 福原愛
関連項目
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