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山本富士子(やまもと ふじこ)


女優。1931年12月11日生、大阪府出身。山本富士子は本名。
京都第一高等女学校(現・鴨沂高校)卒業。

 父親が鉄工所を営んでいたため裕福な家庭で生まれ育つ。家には住み込みの家政婦がいたが、躾に厳しい両親のもとで子供の頃から料理や掃除など家事を全て教え込まれ、日本舞踊やピアノ、長唄も習った。
 自宅は大阪・泉大津にある当時としては珍しい3階建ての洋館だったが、終戦後アメリカ軍将校の住居としてGHQに接収されたため京都へ引越し、大津高等女学校(現・泉大津高校)から京都第一高等女学校に転校。卒業後はお茶や洋裁、英会話など花嫁修業をしていたが、50年に父の知人の勧めで第一回ミス日本コンテストに応募。満場一致でミス日本に選ばれ、翌年渡米して日米親善使節を務めた。
 「絶世の美女」と謳われ芸能界からスカウトされるも両親の反対もあって拒んでいたが、姉の後押しで53年に映画会社・大映に入社。同年に【 花の講道館 】で長谷川一夫の相手役でデビューし、以後【 金色夜叉 】【 夜の河 】など数々の映画に出演して昭和を代表する美人女優として活躍。
 一方でレコード発売に向けて作曲家・古賀政男のもとにレッスンに通っていた時、弟子で養子の作曲家・古屋丈晴と出会う。周囲の反対を乗り越えて62年に結婚し、68年に長男を出産した。なお古屋は婿養子となり結婚後は山本姓を名乗った。
 結婚を機に63年に大映を退社してフリーとなったが、当時の五社協定により映画出演が困難になったため、活躍の場をテレビに移して【 明治の女 】、【 にごりえ 】などのテレビドラマで活躍。夫・丈晴とともにトーク番組『丈晴・富士子さわやかサロン』にも出演したほか舞台にも進出し、現在は舞台を中心に活躍している。
 11年9月、夫・山本丈晴が肺炎のため死去、86歳だった。

LAST UP 2011/09/30
 
作品
関連人物
有馬稲子 小山明子

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