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上村春樹(うえむら はるき)


講道館長。元全日本柔道連盟会長。ロンドンオリンピック日本選手団団長。
1951年2月14日生、熊本県出身。明治大学卒業。174cm、103kg(現役時)。

 男3人兄弟の次男として生まれる。肥満児で運動も苦手だったため同級生からよくからかわれたが、その度に喧嘩して相手を泣かせたため、見かねた両親により小学5年で中学校の柔道部に入部させられる。
 小学6年の地区大会で優勝するも中学時代は懸垂が1回も出来ず、100m走が20秒と相変わらず運動音痴で、高校時代もインターハイには出場できなかったが、3年生の国体で全試合一本勝ちで優勝し、東京五輪無差別級銀メダリストで明治大学柔道部監督・神永昭夫に誘われて同大に進学。
 無差別級にしては小柄で力もスピードもなかったが、神永から技で力を制する柔道を教わると、小柄を逆に武器にし、持ち前の身体の柔らかさを活かして大学4年で全日本学生選手権、世界学生選手権で優勝。
 73年に旭化成に入社し、宮崎県延岡市に勤務。同年に全日本選手権初優勝を果たすも翌年はベスト8に終わり、練習環境を危惧されて東京に戻るよう勧められたが、延岡に残って更なる練習に打ち込み、75年に2度目の全日本優勝を飾り、世界選手権(無差別級)でも初優勝。翌年はモントリオール五輪無差別級で金メダルを獲得、史上3人目となるオリンピック、世界選手権、全日本の三冠を達成した。
 78年の第一回嘉納治五郎杯決勝で、山下泰裕に一本負け。ものの見事に敗れたことで、この試合を最後に現役を引退。その後は指導者として明治大学柔道部監督や男子日本代表監督を歴任し、08年北京五輪では日本選手団総監督を担当。
 09年には嘉納家以外では初めて講道館長・全日本柔道連盟会長に就任。国際柔道連盟指名理事なども務め、12年ロンドン五輪では日本選手団団長を務めた。
 13年8月、暴力や助成金不正受給など相次ぐ不祥事の責任を取り、全柔連会長を辞任。国際柔道連盟理事も退任した。

LAST UP 2013/10/06
 
作品
関連人物
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関連項目
リオオリンピック特集>過去のメダリスト

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