為末大(ためすえ だい)
プロ陸上選手:400mハードル。APF所属。1978年5月3日生、広島県出身。
法政大学卒業。身長170cm、体重66kg。 |
子供の頃からスポーツが苦手で球技も不得意だったが、走るのだけはずば抜けて早く、小学2年から陸上クラブに通うと徒競走では大人相手でも負けなくなり、中学校でも陸上部に入部すると1年生の時、世界陸上100mを世界新記録で優勝したカール・ルイスに感動して一層陸上に打ち込むようになった。
中学2年から急激にタイムが伸び始め、3年の時には全日本中学校選手権100m、200mで優勝したほか三種競技A、Bでも中学生1位の記録を出すなど突出した能力を発揮。しかし広島皆実高校進学後は怪我に苦しむようになり、こだわりのある100mを諦めて400mに転向。顧問の先生とも度々衝突するなど順調ではなかったが、それでも3年生の時にインターハイと国体の400mで優勝し高校記録、ジュニア日本記録も樹立。世界ジュニア選手権にも出場し4位に入賞した。
一方で世界ジュニア選手権のハードルを観て「この競技なら世界と戦える」と感じて練習してみると、わずか数ヵ月で出場した国体の400mH(ハードル)で日本ジュニア新記録、世界ジュニア歴代2位(当時)の好記録で優勝。大学進学後本格的にハードルを始めると、専任コーチを付けずに独学で練習に取り組み、大学2年から日本学生対校選手権を3連覇。しかし2000年のシドニーオリンピックでは突風を受けて転倒し予選敗退に終わった。
01年、大学5年目の時に日本選手権で初優勝し、欧州グランプリにも参戦し始めると、同年の世界選手権400mHでは日本新記録で銅メダルを獲得。日本人男子が世界大会のトラック種目でメダルを獲得したのは史上初の快挙だった。
02年に大学を卒業して大阪ガスに入社したが翌年退社してプロ選手となる。04年のアテネオリンピックでは準決勝で敗退したが、05年の世界選手権では再び銅メダルを獲得した。世界選手権後は1年以上全くハードルを跳ばずにスピードの強化に努めるも、07年の世界選手権では予選敗退。ふくらはぎの故障などで一時は北京五輪出場が危ぶまれたが、08年6月の日本選手権400mHで優勝して北京オリンピック代表に決定。北京オリンピックでは400mHと1600mリレーに出場したがともに予選で敗退した。
現在は競技のほか投資家としても注目を集め、07年12月には株式会社ウェッジホールディングスの社外取締役にも就任した。
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