高見映(たかみ えい)
| ノッポさん。1934年、京都府出身。立川高校卒。本名 高見嘉明(たかみ よしあき)。 |
父はかつて「チャーリー高見」としてチャップリンの物真似で活躍した芸人だったが、嘉明が生まれた時はすでに芸人を辞めていたという。
京都で生まれ、幼い頃に東京に移住。戦火が激しくなったため、小学4年の時に家族とともに岐阜・笠松に疎開した。なお子供の頃はあまり図工が得意ではなかったという。
高校2年の時に東京に戻り、立川高校に転校。同じ頃に父が芸人活動を再開したため、高校時代から父のかばん持ちとして芸人修業を始めた。その後はあまり仕事のない生活を送っていたが、28歳の時、人数あわせでテレビに初出演したところをスカウトされ、子供向け音楽番組「音楽特急列車」の司会に抜擢、芸名「高見映」として出演した。番組は半年で終了したがその後も子供向け番組にかかわるようになり、「魔法のじゅうたん」や「ブーフーウー」などに出演する傍ら、子供の歌の作詞や振り付けなども担当。「ひらけ!ポンキッキ」の放送作家も務めた。
67年、子供向けの工作番組「なにしてあそぼう」のスタートと同時に「ノッポさん」として出演。好評を博したが番組リニューアルのため70年3月に終了し、同年4月から新番組「できるかな」がスタート。当初「できるかな」には「ノッポさん」は出演していなかったが視聴者から「ノッポさん」の出演を望む声が寄せられ、71年4月から番組に復帰。以後90年3月の番組終了まで出演した。最終回ではそれまで1度もしゃべったことがなかった「ノッポさん」がしゃべり出したため、多くの反響を呼んだ。
「できるかな」放送終了後はテレビ出演や講演活動、絵本の出版などを行う一方、05年にはNHKみんなのうた【 グラスホッパー物語 】で 歌手デビューも果たした。
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