篠塚和典(しのづか かずのり)
| 読売巨人軍打撃コーチ。1957年、千葉県出身。銚子商業高校卒。旧名 篠塚利夫。 |
7歳年上の兄の影響で幼い頃に野球を始める。元々右利きだったが小学校入学後に兄の勧めで左打ちに転向。持ち前の運動神経と兄の指導で小学6年の頃にはすでに地元では有名な野球少年になった。 名門・銚子商業高校では入学後すぐにレギュラーとなり、2年生の時に夏の甲子園で優勝。同大会での活躍はテレビで観戦していた長嶋茂雄(当時現役)にも強烈なインパクトを与えた。なお同年から金属バットの使用が解禁になったがその後も木製バットを使い続けミート技術を磨いた。 優勝直後に「湿性肋膜炎」を発症し3ヶ月間入院。翌75年9月にも再発したため同年11月のドラフト会議では指名回避も予想されたが、周囲の反対を押し切り巨人の長嶋監督がドラフト1位で指名。 巨人軍入団後は79年秋の「地獄の伊東キャンプ」を経て翌80年にレギュラー定着。 以後94年に現役を引退するまで首位打者2回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ4回など名二塁手として活躍した。 引退後はコーチ、解説者を経て06年、内野守備走塁コーチとして巨人軍に復帰。 07年シーズンから打撃コーチへ変更となった。
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