島倉千代子(しまくら ちよこ)
歌手。1938年、東京都出身。日本音楽高校卒業。島倉千代子は本名。
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東京・品川で生まれたが、戦時中は両親とともに長野に疎開。疎開生活を送っていた7歳の時、割れたガラスで左腕を47針縫う、あわや切断の大怪我を負う。子供の頃は左腕がほとんど使えず、現在でも自由に動かせない。
怪我のため外で遊びまわることができず、家で過ごすうちに歌う事が好きになり、中学時代には数々ののど自慢大会で優勝。
中学卒業後、品川高校(現・品川女子学院高等部)に入学したが、音楽を基礎から勉強するため、2年生の時に日本音楽高校に編入した。 54年に「コロムビア全国歌謡コンクール」で優勝し、翌55年に【
この世の花 】 でデビュー。
なおデビューにあたり雑誌【 平凡 】誌上で芸名を募集したが本名「島倉千代子」が大多数の支持を集めたため本名でのデビューとなった。【 この世の花 】は大ヒットしその後も【 東京だョおっ母さん
】などヒット曲を連発。一躍スターとなり、57年に『NHK紅白歌合戦』初出場を果たすと60年には初トリを務めた。
歌だけでなく数多くの映画にも出演するなど大人気スターとして活躍していたが、島倉の大ファンだった阪神タイガースの藤本勝巳選手から猛アプローチを受けて63年に結婚。家族の反対を押し切っての結婚だったが結婚生活はうまくいかず68年に離婚した。
87年11月、記者会見を開き、初出場から30回連続で出場していた『NHK紅白歌合戦』からの卒業を表明。
同年には【
人生いろいろ 】 が大ヒットしていたが紅白歌合戦の出場は辞退した。しかし翌88年、【
人生いろいろ 】の人気に押されて紅白歌合戦に復帰、同年のレコード大賞・最優秀歌唱賞受賞曲でもある【 人生いろいろ 】を歌った。【 人生いろいろ
】は05年にNHKが行った『スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜』で紅組76位に選ばれている。
93年に人間ドックで乳がんが発見されたが手術を経て復帰。05年には歌手生活50周年を迎え、記念アルバム【
島倉千代子全集〜人生よありがとう〜 】 も発売された。
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