佐野優子(さの ゆうこ)
バレーボール選手:久光製薬スプリングス所属。1979年7月26日生、大阪府出身。
北嵯峨高校卒業。身長 158cm。コートネーム 『リョウ』。
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小学4年で本格的にバレーボールを始めると、その後は脇目も振らずバレー一色の生活を送り、
両親の反対を押し切って奈良県のバレー強豪校・上牧中学校に進学。親元を離れて厳しい練習に励んだ。
中学時代もひたすらバレーに打ち込んだものの中学限りでバレーをやめるつもりだったが、佐野の能力を惜しんだ周囲の勧めでバレーの名門・北嵯峨高校に進学し、バレー部に入部。高校選抜や国体、インターハイなどに出場し、インターハイでは3位に入賞した。
98年にユニチカに入社したが、2000年にユニチカバレー部が廃部したためバレー部ごと東レに移籍。 02-03年の第9回Vリーグではサーブレシーブ賞、ベストリベロ賞を受賞した。
全日本では02年に吉川正博監督のもとで初選出され同年の世界選手権に出場。
03年に就任した柳本晶一監督のもとでも全日本に選出され、メグ・カナ人気に沸いた同年のワールドカップでもリベロとして活躍したが、04年のアテネ五輪最終予選では成田郁久美がリベロに起用され、アテネ五輪代表にも成田が選出されたため佐野のオリンピック出場はならなかった。
03年8月に東レを退社したものの移籍同意書が得られず、その後は日本バレーボール協会(JVA)所属という形になっていたが、04年5月にフランスリーグ・RCカンヌに入団。2年間プレーし、06年には欧州チャンピオンズリーグ・ベストリベロ賞を受賞した。
06年6月、熱心な誘いを受けて久光製薬スプリングスに移籍。06-07年のV・プレミアリーグで久光製薬スプリングスが優勝し、ベストリベロ賞を受賞した。
07年には4年ぶりに全日本に復帰。08年5月の世界最終予選にも出場して北京オリンピック出場権獲得に貢献し、北京五輪代表にも選出。悲願の五輪初出場を果たした北京オリンピックは準々決勝で敗退し、5位だった。
関連項目:北京オリンピック特集>選手名鑑:北京五輪バレーボール全日本女子一覧
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