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大山のぶ代(おおやま のぶよ)


女優、声優。1936年、東京都出身。都立三田高校卒業。
本名:山下羨代(やました のぶよ)。夫はタレントの砂川啓介。

 生まれつき特異な声だったため、心配した母親が耳鼻咽喉科へ連れて行ったこともあるという。中学校に入ると同級生から声をからかわれるようになり、克服するため放送研究部に入部。校内放送を担当するうちにからかわれなくなり、その後はじめた放送劇が好評を博すと、演劇部でも活躍するようになった。
 高校でも演劇部に入部する一方、在学中の54年に劇団俳優座養成所に入所し、56年にNHKドラマ【 この瞳 】でデビュー。以後女優のほか声優としても活躍しNHKの人形劇『ブーフーウー』やアニメ【 国松さまのお通りだい 】などに出演した。
 63年にミュージカル【 孫悟空 】で共演者の砂川啓介と出会い、翌64年に結婚。34歳の時に第一子となる女児を出産したが生後3ヶ月で死去した。その後子供はもうけていない。
 78年、それまで漫画版【 ドラえもん 】も読んだこともなかったが、はじめて見たパイロット版【 ドラえもん 】の愛らしいキャラクターにゾッコンになって出演を快諾し、79年4月にアニメ【 ドラえもん 】の放送が開始。原作者、藤子・F・不二雄(藤本弘)と初めて対面した時、藤本が「ドラえもんって、ああいう声だったんですねぇ」と語ったという。【 ドラえもん 】はすぐに絶大な人気を獲得し80年には映画第一作【 ドラえもん のび太の恐竜 】が公開、【 ドラえもん 】関連のレコード売り上げも100万枚を突破した。その後も人気を集め続け、現在では日本のみならず世界中で愛されるキャラクターになっている。
 なお本業は女優でありながら声優としてのイメージが強いが、『ドラえもん』を担当してからは他の声の仕事は断り、『ドラえもん』以外の声はほとんど担当していない。女優、声優以外では料理研究家として多くの著書を出版、脚本家として【 太陽にほえろ! 】の脚本を執筆したこともある。
 01年に直腸がんを手術。手術は成功したが高齢であるため『ドラえもん』担当中に自分にもしものことが起きたら『ドラえもん』を傷つけてしまうと考え、降板を決意。2005年3月に26年間続けた【 ドラえもん 】を降板した。
 長年の功績により05年に「放送ウーマン賞2004」を受賞。06年に出版した著書【 ぼく、ドラえもんでした。涙と笑いの26年うちあけ話 】は【 ドラえもん 】に込めた強い想いが伝わるファン必読の一冊となっている。07年には音響芸術専門学校の学校長に就任した。

LAST UP 2007/06/21
 
作品   
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