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新浦壽夫(にうら ひさお)


野球解説者、元プロ野球選手。1951年、東京都出身。静岡商業高校中退。

 両親とも在日韓国人で自身も帰化するまで韓国籍。東京・世田谷で生まれたが、幼い頃に静岡に転居。父親の勧めで野球をはじめるも、中学時代は野球部の上下関係になじめずにいたが、2年生の時に同じ静岡内の中学に転校したのを機に長身を生かした速球派のエースとして活躍。名門・静岡商業高校から誘われ、同校の定時制に入学した。しかし当時はあまり野球に興味がなく、長嶋茂雄の名前すら知らなかったという。
 野球部での活躍を受け、定時制1年修了後全日制の1年に編入し、1年生エースとして同年夏の甲子園で準優勝。秋の国体では優勝を目指すも、当時外国籍選手の出場が認められていないことを知って断念すると、当時のプロ野球では外国籍選手はドラフト対象外だったため多くの球団から誘われ、68年9月、高校を中退して読売ジャイアンツに入団した。
 鳴り物入りで入団したものの肩の怪我などで長らく活躍できずにいたが、74年末、以前から素質を高く評価していた長嶋茂雄が監督に就任。75年シーズンで打たれても使われ続けたことで成長を遂げ、同年の2勝11敗から翌76年は11勝を挙げ、リーグ制覇に貢献。76年から4年連続で2桁勝利を挙げ、最優秀防御率、最多奪三振、最優秀救援投手なども獲得、エースとして活躍した。
 76年には巨人ファンとして知られるタレント・毒蝮三太夫のマネージャーだった日本女性と結婚。78年、長男の誕生を機に日本に帰化している。
 82年に韓国でプロリーグが開幕して野球人気が高まると、三星ライオンズからラブコールを受け、長嶋茂雄の勧めもあり、84年に3年契約で三星ライオンズに移籍。韓国名・金日融(キム・イルユン)でエースとして活躍し、3年間で54勝を挙げた。
 87年に大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)に移籍。11勝を挙げてカムバック賞を受賞し、翌年も10勝。92年に福岡ダイエーホークスに移り、シーズン途中でヤクルトスワローズに移籍したが、同年で現役を引退。現在、野球解説者として活躍している。
 現役時代はエースとして活躍する一方、33歳の時に発病した糖尿病とも闘い続けた。

LAST UP 2007/04/23
 
作品
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