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西村徳文(にしむら のりふみ)


オリックス・バファローズ監督。1960年1月9日生、宮崎県出身。
宮崎県立福島高校卒業。身長177cm、体重78kg。右投両打。

 宮崎県串間市に3人兄弟の末っ子として生まれる。子供の頃は野球は遊び程度しかやらなかったが、海や砂浜で走り回ったせいか足は速かったという。
 中学入学後本格的に野球を始め、3年生で県大会優勝。強豪校から特待生の誘いを受けたが全て断り、チームメイトと同じ地元の福島高校に進学。2年夏に同校初の甲子園出場を果たすもノーヒットに終わり、エラーも喫して初戦(2回戦)敗退。雪辱を期し練習に打ち込んだが、再度の甲子園出場はならなかった。
 中学高校とキャプテンを務めるも練習嫌いでプロへの憧れもなく、野球を辞めて国鉄(現JR九州)への就職を考えたが、競争率が高く、野球でなら入社できると知って国鉄鹿児島鉄道管理局に入社し野球部に入部。在籍4年で都市対抗出場はなく、目立った成績は残していないが、俊足を買われて81年ドラフト会議では5位指名でロッテ、南海、ヤクルトが競合し、ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に入団した。スカウトからは走力を評価されたが高校、社会人時代はほとんど盗塁していないという。
 契約金目当てでさして目標もなくプロ入りしたが、2軍の試合で凡退した時にベンチで「誰だ、こんなやつを連れてきたのは」と罵られたことに発奮して練習に打ち込み、山本一義監督の勧めでスイッチヒッターに転向。高畠康真コーチの指導で左打ちを猛特訓し、84年に規定打席に到達すると、翌年ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。86年からは4年連続盗塁王を獲得、90年にはパ・リーグ初の両打ちでの首位打者に輝いた。春に脚を痛めたことで盗塁王を諦め、打撃を磨いたことが好成績につながったと言う。
 パ・リーグ初の内外野でのゴールデングラブ賞受賞など、走攻守兼ね備えた名選手として活躍し、97年に現役引退。引退後もロッテ一筋でコーチを務め、ボビー・バレンタインの後任として監督に就任すると、1年目の10年に史上初のリーグ3位からの日本一を達成。「史上最大の下克上」と言われ、日韓クラブチャンピオンシップも制して正力松太郎賞を受賞した。
 しかし11年は最下位、12年は5位に終わって監督を退任。31年間在籍したロッテに別れを告げた。
 15年10月にオリックス一軍ヘッドコーチに就任。18年10月、福良淳一の後任として監督に就任した。
 現役通算成績:1433試合 1298安打 33本塁打 326打点 打率.272 363盗塁。

LAST UP 2018/11/23
 
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