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納谷幸喜(なや こうき)


第四十八代横綱 大鵬幸喜。1940年5月29日-2013年1月19日。北海道出身。
弟子屈高校定時制中退。身長187cm、体重153kg(現役時)。

 樺太の敷香でウクライナ人の父と日本人の母の間に生まれる。しかし父とは物心つく前に生別したため、角界入りするまで実父が外国人だと知らなかったという。
 終戦後混乱を極めた樺太から命からがら引き揚げ、北海道に居住。48年に母が小学校教師と再婚し、以降父の転勤により北海道を転々としたが、5年で離婚。その後は弟子屈に定住して中学卒業後弟子屈営林署に就職。定時制高校にも進学して昼は仕事、夜は学校の生活を送っていたが、56年7月、巡業で北海道に来ていた二所ノ関部屋に誘われてそのまま入門し、相撲界入りした。
 同年9月に四股名納谷で初土俵。59年に四股名を大鵬と改めると、60年には初優勝を果たして大関に昇進。61年は二場所連続優勝を飾り、ライバル・柏戸と同時に横綱に昇進した。なお大関、横綱昇進とも当時の最年少記録。
 その後も史上最多の幕内優勝32回、2度の六場所連続優勝、8度の全勝優勝、45連勝など圧倒的な強さで「昭和の大横綱」と称されて柏戸とともに「柏鵬時代」を築き、子供の好きなもの「巨人、大鵬、卵焼き」と呼ばれるほどの人気を誇った。
 71年に引退。引退後は大鵬部屋を興して後進の指導に当たり、日本相撲協会理事なども務めたが、04年に部屋を娘婿の大嶽親方(元関脇貴闘力)に譲り、05年に定年を迎えて日本相撲協会を退職。退職後相撲博物館第5代館長に就任したが、体調不良により08年12月に退任した。
 09年には相撲界で初めて文化功労者に選ばれたが、13年1月、心室頻拍のため死去した。72歳だった。同年2月、国民栄誉賞が授与された。

LAST UP 2013/04/25
 
作品

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