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成田真由美(なりた まゆみ)


水泳選手:日本テレビ放送網勤務。1970年8月27日生、神奈川県出身。
放送大学卒業。身長174cm。

 幼い頃から飛び抜けて背が高く、運動神経も抜群で、唯一苦手の水泳以外はスポーツ万能で、中学校では陸上部に入部するも長身を買われてすぐにバスケ部に転部。しかし入学後間もなく「横断性脊髄炎」を発症、切断は免れたが下半身不随となり、中学時代のほとんどを病院で過ごした。
 1年遅れで県立高校に進学し、入学後車椅子を使い始めるも初めは受け入れられずにいたが、車いすバスケットに感動して意識が変わり、車いすスポーツに取り組むようになる。18歳になって自動車免許を取得すると一層活動的になった。
 しかし21歳の時、43度の高熱を出して10ヶ月間入院。一時は生命も危ぶまれたがなんとか回復してスポーツを再開し、93年に全国身体障害者スポーツ大会の車椅子100m走とソフトボール投げに出場し、両種目とも大会新記録で優勝。
 知人に誘われ、23歳で水泳を始めると、子供の頃からのカナヅチながら持ち前の運動神経と猛練習でみるみる上達し、始めて1ヶ月後の大会で優勝。しかし大会からの帰宅途中に交通事故に遭って頚椎を損傷。左手の麻痺、体温調節機能の低下の後遺症が残った。
 リハビリを経て10ヵ月後に復帰。以来アトランタ、シドニー、アテネと3大会連続でパラリンピックに出場。アテネでは金メダル7個、6種目での世界新記録を樹立するなど、3大会で金15を含む計20個のメダルを獲得、『水の女王』と呼ばれた。
 01年に福祉機器メーカー勤務の男性と結婚。アテネ後股関節の手術を受けて長期の入院生活を送ったが、約2年のブランクを経て復帰。4大会連続となった北京パラリンピックでは大会前の検査結果により、今までよりも障害が軽いクラスでの出場となったため苦戦し、100m自由形、50m背泳ぎ、50m自由形と出場した3種目全てで5位に終わり、初めてメダルなしに終わった。
 北京後第一線から退くも水泳を続け、健常者のマスターズ大会にも出場していたが、15年に7年ぶりの現役復帰。16年の日本代表選考会でリオパラリンピック出場を決めた。
関連項目:リオパラリンピック特集

LAST UP 2016/09/02
 
作品   
関連人物
河合純一 山下泰裕
関連項目
リオパラリンピック特集

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