松尾雄治
(まつお ゆうじ)
元ラグビー日本代表、成城大学ラグビー部監督。1954年、東京都出身。明治大学卒業。
父親が経験者だったため幼い頃からラグビーに親しみ、小学5年でラグビースクールに入会。身体が小さかったため(現役時代の身長は172p)、スクラムハーフのポジションを与えられ以後大学3年までスクラムハーフ一筋。
成城学園でもラグビー部に入部したが高校1年の時、部員の学力低下などで部が活動を停止したため、自宅近くにグラウンドがあった明治大学ラグビー部で練習するようになり、同大の北島忠治監督(当時)の勧めでラグビーの名門・目黒高校(現目黒学院)に転校。名門校ゆえの厳しい練習に耐え2年連続で全国大会に出場し3年生では全国準優勝。自身の希望は早稲田大学だったが、かつて世話になった明治大学との縁を優先し同大に進学した。
明治大学では名将・北島監督のもと1年生からレギュラーとなり大学選手権で優勝。大学3年の時には日本代表に初選出されて海外遠征に参加し、レギュラーを獲得。スクラムハーフとして高い評価を受けたが、遠征中に明大ラグビー部に新しいスクラムハーフが育っていたため、帰国後スタンドオフにコンバート。当初は落胆して大学を移ることも考えたが父から励ましを受け、コンバートを受け入れた。以後はスタンドオフとして活躍し、4年生の時に大学選手権で優勝。日本選手権でも三菱自工京都を破り、明大初の日本一に輝いた。
76年に新日鐵釜石に入社。77年に新日鐵釜石初の日本選手権優勝。82年からは監督兼任となり、79年から85年まで日本選手権7連覇を達成。日本代表でも不動のスタンドオフとして活躍し主将も務めるなど、日本ラグビー界を代表するスタープレーヤーとして活躍した。
日本選手権V7を達成した試合を最後に現役を引退。引退後はスポーツキャスター、日本ラグビーフットボール協会普及育成委員などを務め、04年に成城大学ラグビー部監督に就任した。
LAST UP 2007/01/14
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