京谷和幸
(きょうや かずゆき)
車椅子バスケットボール選手。千葉ホークス・キャプテン、日本代表。1971年8月13日生、北海道出身。室蘭大谷高校卒業。
全国高校サッカー選手権で地元の室蘭大谷高校が準優勝したのを見て興味を持ち、小学2年でサッカーを始める。持ち前のセンスと俊足で見る見る上達し、3年生から上級生に混じってMFとして活躍すると中学時代は北海道選抜のキャプテンも務めた。
特待生として名門・室蘭大谷高校に進学し、1年生から背番号10番を与えられエースとして活躍。2年生からはユース代表にも選出され、バルセロナ五輪の代表候補にも選ばれた(怪我のため最終選考で落選、日本代表も予選敗退)。
高校卒業後、古河電工に入社して実業団サッカーで活躍。Jリーグ開幕に向け、91年に古河電工を退社する形でジェフユナイテッド市原とプロ契約を結ぶと、93年5月のJリーグ開幕後はJリーガーとして活躍していたが同年11月、2ヵ月後に予定していた結婚式の衣装合わせの日に交通事故に遭って脊髄を損傷し、車椅子生活となった。
リハビリを経て翌年7月に退院すると10月に退院祝いを兼ねて結婚式を挙げる。夫人は古河電工に同期入社した元同僚の陽子さん。なお陽子さんのたっての希望で事故の11日後に入籍は済ませている。結婚後人工授精により96年に長女、99年に長男をもうけた。
退院後リハビリ目的で車椅子バスケットを始め、強豪「千葉ホークス」の一員になると99年からは日本代表に選ばれ、2000年のシドニーパラリンピック(9位)、
04年のアテネパラリンピック(8位)にも出場。
千葉ホークスではキャプテンを務め、日本車椅子バスケットボール選手権で05年から3連覇を達成し、05年には最優秀選手賞を受賞した。
08年は決勝で敗れて惜しくも4連覇ならず。日本選手団主将を務めた北京パラリンピックは7位だった。
現在、広告代理店に勤務する傍ら講演会なども行い障害者スポーツの普及に努めている。
LAST UP 2008/09/16
関連項目:北京パラリンピック特集
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