石井ふく子
(いしい ふくこ)
テレビプロデューサー。1926年9月1日生、東京都出身。東京女子経済専門学校卒。
花柳界のあった東京・下谷で生まれる。母・のぶ子さんが恋人と別れた後に妊娠がわかったため一人でふく子を出産。のぶ子さんが芸者として忙しく働いていたため主に祖母の手で育てられた。なお実父は1度も会うことなく死去している。
4歳で日本舞踊を始め、踊りの師匠を目指していたが13歳の時に脚気にかかり踊りを断念。その後胸も患うなど病気がちな学生時代を送った。一方で13歳の時に祖母が死去し、その後は親戚や知人の家を転々としていたが、のぶ子さんが俳優・伊志井寛と再婚、戦火が激しくなったため三人で山形に疎開した。
終戦後東京に戻り、伊志井寛の後輩俳優・長谷川一夫のもとで居候生活を送ると、長谷川の勧めで新東宝ニューフェイスを受験し合格、女優となり、47年に映画【 大江戸の鬼 】でデビューしたが身体を壊したため49年に引退した。
休養を経て、不動産会社・日本電建に入社。宣伝部に配属され新聞広告やチラシなどを担当していたが、同社が東京放送(TBS)のラジオドラマのスポンサーになったため収録現場に立ち会うようになり、自らもアイデアを出すなど番組制作にも参加するようになった。なお32歳の時に結婚したが後に離婚している。
その後東京放送がテレビ放送を開始し人手が足りなくなったため、編成局長に誘われプロデューサー業を始め、58年にプロデュース第1作となるテレビドラマ【 橋づくし 】を制作した。当初は日本電建と掛け持ちで働いていたが、61年に日本電建を退社し正式にTBSの社員となった。
以後プロデューサーとして活躍し『東芝日曜劇場』や【 肝っ玉かあさん 】、【 ありがとう 】、【 渡る世間は鬼ばかり 】など数多くの人気ドラマのプロデュースを担当。一方で舞台演出家としても活動し多くの舞台を手掛けた。
LAST UP 2007/07/06
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