萩原美樹子
(はぎわら みきこ)
元女子バスケットボール日本代表。1970年、福島県出身。身長178cm。
実業団バスケの選手だった父親の影響で小学4年でミニバスケットを始める。以後毎日ノートをつけ、休日は父親相手に練習に励むなどバスケ漬けの日々を送り、中学時代に県大会で優勝。勉強も好きだったため受験勉強にも励み、地元の進学校・福島女子高校に進んだ。
高校時代は1年、3年と2度インターハイに出場し、2年生で全日本ジュニア候補に選出。実業団から誘われたものの大学進学を希望していたため断っていたが、子供の頃からの憧れ「共同石油(現JOMOサンフラワーズ)」の中村和雄監督(当時)から熱心に誘われ、同社に入社した。なお当初は共石でプレーしながら大学に通うことも考え、受験勉強に励んで大学に合格したが、ルール改正で掛け持ちが禁止されたため進学は断念した。
89年には全日本にも選ばれ、以後共石、全日本でエースとして活躍。日本リーグでは93年から4年連続で得点王を獲得。96年には日本女子バスケ20年ぶりとなるアトランタ五輪に出場し7位に入賞した。
97年には日本人で初めてWNBAに入団。サクラメント・モナークス、フェニックス・マーキュリーで2シーズンプレーした後ジャパンエナジー(現JOMOサンフラワーズ)に戻った。
99年1月に全日本総合選手権で優勝した試合を最後に現役を引退。引退後1年間受験勉強に励み、2000年に早稲田大学第二文学部に合格。5年かけて卒業し大学院に進んだ。
現在、女子日本代表ヘッドコーチ、早大女子バスケ部ヘッドコーチなどを務めている。
LAST UP 2007/07/24
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