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目黒萌絵(めぐろ もえ)


カーリング選手。1984年11月20日生、北海道出身。弘前大学人文学部卒業。

 アウトドア学校「どんころ野外学校」を営む両親がカーリングにのめり込み、シートを自作したため小学3年でカーリングを始める。
 4年生からは自宅近くに新設されたカーリングホールで本格的に打ち込み、小学5年で二人の姉と同級生・寺田桜子の4人で『空知こざくら』を結成。『空知こざくら』は96年の日本ジュニア選手権で2位になるなど当時無敵を誇っていたジュニアチーム『シムソンズ』に次ぐ強豪となり、『シムソンズ』がジュニアを卒業した2000年には日本ジュニア初優勝。翌年は連覇を達成し世界ジュニア選手権でも4位に入賞した。
 大学受験のため高校3年の時は活動を休止していたが、その頃にフジ・ミキ日本代表コーチから『シムソンズ』の小野寺歩(現姓:小笠原)、林弓枝とチームを組むよう勧められ、03年4月、大学進学と同時に小野寺、林、寺田と新チーム『フォルティウス』を結成。
 その後は『フォルティウス』で活躍し、04年2月の日本選手権では無敗の完全優勝を飾ったが05年2月、歩道で転倒して足を骨折し同年の日本選手権、世界選手権を欠場(代わりに本橋麻里が出場)。しかし復帰後に出場した最終選考会では『チーム長野』を破り、トリノオリンピック出場権を獲得した。なお日本カーリング協会の規約改正によりチーム名を変更、『チーム目黒』を経て05年の日本選手権から『チーム青森』となっている。
 06年2月のトリノオリンピックでは日本勢の苦戦が続く中、『チーム青森』は7位に入賞して『カーリング娘』として脚光を浴び、大観衆を集めた帰国直後の日本選手権で優勝。同大会後小野寺と林がチームを離れたが、その後も新メンバーを加えて活躍を続け、08年の世界選手権では4位に入り、09年の日本選手権では史上初の4連覇を達成。同年にはバンクーバー五輪日本代表決定戦でチーム長野を破り、2大会連続となる五輪出場権を獲得した。
 メダルが期待されたバンクーバーオリンピックは1次リーグ敗退の8位。同年の日本選手権は5連覇を達成したが、世界選手権は11位だった。
 10年6月、競技の第一線から退く意向を表明。所属の「みちのく銀行」も退社して北海道に戻り、結婚する予定だという。

LAST UP 2010/06/23
 
作品
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関連人物
小笠原歩 本橋麻里 山浦麻葉
関連項目
ソチオリンピック特集>過去の出場選手

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