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小出義雄(こいで よしお)


佐倉アスリート倶楽部代表。1939年4月15日生、千葉県出身。順天堂大学卒業。

 農家の長男として生まれる。子供の頃からかけっこが大好きで、中学進学後本格的に陸上を始めると3年生の時に郡大会1500Mで優勝。県大会では4位に入賞して駅伝の強豪・山武農業高校から誘われ同校に進学。
 3年生の時に主将として全国高校駅伝に出場し、千葉県代表として東日本縦断駅伝(通称:青東駅伝)にも出場。東京農大から誘われ、箱根駅伝を目指して進学を望むも、農家の跡取り息子ゆえ父親に反対され泣く泣く断念した。
 その後は農作業を手伝いながら陸上を続けたが箱根駅伝の夢を捨てきれず、家出をして上京。職を転々とした後、駅伝部のある昭和高圧に入社し駅伝大会で活躍すると順天堂大学陸上競技部監督・帖佐寛章に認められ、22歳で同大に進学。なお進学決定後実家に帰り、大学には実家から通ったという。
 1年生から3年連続箱根駅伝に出場し1年は5区、2、3年は8区を担当。現役を続ける意志もあったがいい誘いがなく、大学卒業後高校教師となって千葉県立長生高校に赴任し、同時に陸上部監督に就任。その後千葉県立佐倉高校、市立船橋高校の陸上部監督を歴任し、市船では同校初の全国高校駅伝優勝を達成した。なお71年に長生高校の教え子だった12歳下の啓子さんと結婚し、三人の娘をもうけている。
 市船での実績によって実業団チームから誘いを受け、88年に教員を辞めて「リクルートランニングクラブ」の監督に就任。有森裕子をオリンピック2大会連続メダルに導き、97年に積水化学に移籍するとシドニー五輪では愛弟子・高橋尚子が金メダルを獲得した。
 01年に佐倉アスリート倶楽部(SAC)を設立し、02年に積水化学を退社してSACの指導に専念。しかし高橋尚子が04年のアテネ五輪代表から落選し、05年に師弟関係を解消した。
 有森、高橋の他にも鈴木博美(世界陸上金メダリスト)や千葉真子など多くの選手を育て、陸上界切っての名将として現在も指導を続けている。なお次女の正子も2000年の東京国際女子マラソンで9位に入った元選手。

LAST UP 2010/05/15
 
作品
関連人物
有森裕子 金哲彦 鈴木大地 高橋尚子 千葉真子 増田明美

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