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加藤廣志(かとう ひろし)


元能代工業高校バスケットボール部監督。
1937年、秋田県出身。日本体育大学卒業。

 高等小学校教員の父と農業をしていた母の間に生まれる。小学生の時、バスケ経験者だった先生の影響でバスケットを始めるとすぐにのめり込み、進学した中学はバスケットボールが1つしかない分校だったが、それでも熱心に練習して地区大会、郡市大会で優勝し、全県大会にも出場した。
 能代工業高校時代も長身を生かしてレギュラーとして活躍していたが、右足の怪我で入院中にバスケット指導の指南書【 Rupp's BASKETBALL 】を読んで感銘を受け、指導者を目指すようになる。大学時代は選手として活躍する傍ら指導の勉強にも励み、60年に母校・能代工業高校に保健体育科教師として着任、バスケ部監督に就任した。
 その後は当時まだ無名だったバスケ部を熱血指導で鍛え上げ、63年に同校10年ぶり、監督就任後初となるインターハイ出場(3回戦進出)を果たすと、67年の国体で全国大会初優勝。75年にはインターハイ、国体、選抜の三冠を達成するなど、退任までの30年間でインターハイ7連覇、5度の三冠王を含む33回の全国制覇を成し遂げ、高校バスケ界の王者と呼ばれるほどの強豪に育て上げた。
 90年に監督職を教え子の加藤三彦(80年の三冠達成時の主将)に譲り、以後同校教頭、秋田県教育庁参事などを歴任、97年からは1年間能代工業高校校長を務めた。
 98年に定年退職し、能代山本スポーツリゾートセンター「アリナス」の館長に就任。現在、秋田県バスケットボール協会会長、東北バスケットボール協会会長も務めている。

LAST UP 2008/09/05
 
作品   
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河内敏光

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