廣道純(ひろみち じゅん)
プロ車いすアスリート。1973年12月21日生、大阪府出身。身長 178cm。
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小学生でバク転を覚え、リレーでは常にアンカーを務めるなど子供の頃からスポーツ万能で、小学生時代はアイススケートやBMXにのめり込み、中学校では陸上部やテニス部に入部。しかし先輩とそりが合わずに退部し、空いた時間で新聞配達を始めて小遣いを自分で稼いだ。
自立心が強く、中学卒業後は就職を希望したが父親に説得されて和泉工業高校に進学。体操部に入部し練習に励んでいたが、1年生の時に無免許でバイクを運転中に事故を起こして脊髄を損傷、車いす生活となる。
入院中に車いすスポーツと出会い、退院半年後に出場した車いすハーフマラソンのビギナークラスで3位に入賞。その後は車いす陸上に取り組みながら職業訓練校を経て配管設計の会社に就職したが、20歳の時に車いす販売会社に転職。営業マンとして飛び回る一方、海外のレースにも参戦して世界のトップレーサーと交流を持つようになった。なお通っていた高校は事故後に中退し、後に通信制高校を卒業している。
アトランタパラリンピック代表入りはならなかったものの、96年の大分国際車いすマラソンでは日本人初の総合2位(日本人1位)。 練習に打ち込める環境を求めて99年に本田技研の子会社「ホンダ太陽」に転職すると、2000年のシドニーパラリンピックでは800mで銀メダルを獲得した。
04年にホンダ太陽を退社し、自身のチーム「jhiromichi AC(ヒロミチ・エーシー)」を発足してプロアスリートとなると、同年のアテネパラリンピックでは800mで日本記録を更新して銅メダルを獲得。功績を評価され、内閣総理大臣賞、大阪府民栄誉賞などを受賞した。
07年の世界陸上大阪大会では公開競技の車いす男子1500mで6位。08年の北京パラリンピックは4種目に出場。5000mは予選敗退だったが400m、800mで8位、マラソンで7位と3種目で入賞した。
関連項目:北京パラリンピック特集>選手名鑑>過去の出場選手
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