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平井伯昌(ひらい のりまさ)


競泳日本代表ヘッドコーチ。日本水泳連盟理事、競泳委員長。
1963年5月31日生、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒業。
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。

 肥満解消のため小学校入学と同時に「東京スイミングセンター」に入会して水泳を始める。中学受験のため4年生で退会、水泳を離れて受験勉強に励み、早稲田中学に合格した。元々成績優秀で小学生時代は国語算数理科社会はずっとオール5だったという。
 中学入学後水泳部に入部して水泳を再開するとそれまでの平泳ぎから自由形に転向。全国大会出場を目指すも、わずか0.1秒差で予選敗退。早稲田高校時代は水泳部のほか、2年生からは「セントラルスポーツ」にも通って全国大会を目指したが再び0.1秒差で敗れてインターハイ出場はならなかった。
 大学でも名門・早稲田大学水泳部「稲泳会」に入部したが、部の強化のため3年生で選手を引退してマネージャーとなる。初めは嫌々だったものの、後輩・奥野景介のロサンゼルス五輪出場(400m自由形予選敗退)に貢献したのをきっかけに指導にやりがいを感じるようになり、内定していた大手生命保険会社を蹴って86年に大学を卒業して「東京スイミングセンター」に入社した。
 「東京スイミングセンター」では幼児クラスを経て89年から選手コースを担当、同年のパンパシフィック選手権では初の日本代表コーチを務めたものの、オリンピック選手を輩出することが出来ず、指導者として焦りを感じていた96年、北島康介の指導を始める。
 それほど期待された選手ではなかったが、北島の目つきの鋭さに才能を感じて指導を始めると世界記録更新、五輪2冠連覇などトップスイマーに育て上げた。アテネ、北京の五輪2大会連続銅メダル(背泳ぎ200m)の中村礼子も教え子。
 08年の北京オリンピックでは競泳日本代表コーチを務め、大会後の10月にはヘッドコーチに就任。09年6月には10歳年下の一般女性と結婚した。
 13年には東洋大学法学部准教授、水泳部監督に就任。15年からは日本水泳連盟理事、競泳委員長も務めている。

LAST UP 2017/07/25
 
作品
関連人物
岩崎恭子 北島康介 鈴木大地 萩原智子 松田丈志
関連項目
リオオリンピック特集>選手名鑑

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