畑山隆則(はたけやま たかのり)
タレント。元ボクシング世界チャンピオン。1975年、青森県出身。 青森大学経営学部在学。 |
子供の頃から巨人ファンで小学4年の時に野球部に入部して本格的に野球を始めると抜群の運動神経を生かして4番でエース、主将として活躍。中学時代は野球部でエースとして活躍する一方、無敵の喧嘩番長として地元にその名を轟かせた。
卒業後野球の特待生としてスポーツの名門・青森山田高校に進学。プロ野球選手を目指して野球部に入部したが鼻っ柱の強さから先輩とそりがあわず1ヶ月で退部。その後テレビで観た辰吉丈一郎が世界王座を獲得した試合に影響を受けてボクシングに興味を持つとアルバイトでお金を貯め高校を2年で中退し上京。ヨネクラジムに入門しボクシングを始める。
その後【
ボクシングマガジン 】 で柳和龍トレーナーの存在を知り93年に京浜川崎ジムに移籍。柳トレーナーに才能を認められ指導を受けるようになった。
93年にプロデビューすると翌94年に全日本新人王を獲得。95年からはタレント・片岡鶴太郎がマネジャーとなり試合ではセコンドを務めた。 96年に東洋太平洋チャンピオンを獲得(3度防衛)。97年に横浜光ジムに移籍し、同年にWBA世界ジュニアライト級(現・スーパー・フェザー級)王者・崔龍洙に挑んだが引き分けに終わり王座獲得ならず。
98年にチャンピオン・コウジ有沢を破り日本ジュニア・ライト級獲得した。
同年に崔龍洙を破りWBA世界ジュニア・ライト級王座を獲得。 2度目の防衛戦でTKO負けし王座陥落。 1度引退したが翌年の再起戦でWBA世界ライト級王座を獲得し2階級制覇を達成した。初防衛戦では坂本博之と対戦。世間の注目を集める大一番となったが10回TKO勝ちした。
3度目の防衛戦で判定負けを喫し現役を引退した。 引退後はタレントとして活躍する傍ら02年に竹原慎二とともにボクサ・フィットネス・ジムをオープン。 01年には青森山田高校通信課程を卒業し青森大学に進学した。96年に結婚した夫人とは男児をもうけたが03年に離婚。 06年にフリーアナウンサー・清原久美子と再婚した。
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