藤田まこと(ふじた まこと)
| 俳優。1933年、東京都出身。堀川高校中退。本名 原田眞。 |
無声映画のスター・藤間林太郎の次男として東京・池袋で生まれる。幼い頃に母親が死去し小学生の時に父親が再婚したが、継母にはなじめず、「お母さん」とも呼べなかったかったという。10歳の時に京都へ引越し、終戦後の46年に知人の家の養子となったが、その後兄が戦死していたことが分かったため、数ヶ月で元の家に戻った。
終戦後は靴磨きなどをして日銭を稼いでいたが、高校1年の時、父がやっていた旅一座の手伝いを始めると、父の芸名から藤の字をもらった芸名『藤田まこと』として舞台に出演するようになり、高校を1年で中退して旅興行について廻るようになった。
その後本格的に歌手を目指し、歌手のディック・ミネのかばん持ちや前座歌手をしていたが、代役として始めた歌謡ショーの司会が評判を呼び、数多くの歌謡ショーを担当する人気司会者となった。しかし漫才師・中田ダイマルに芸人への転進を勧められたため、司会者をやめて中田のもとでコメディアン修業をはじめ、57年に【 びっくり捕物帳】でテレビ初出演を果たすと、62年にスタートして大ヒットした番組【 てなもんや三度笠 】 で絶大な人気を獲得した。
しかし68年に放送が終了すると人気が低迷し、その後はキャバレー回りなどをしていたが、73年に「中村主水」役で出演した時代劇【 必殺仕置人 】 が大ヒットして再び人気を獲得し、肩書きもそれまでの「コメディアン」から「俳優」となった。その後は『必殺シリーズ』や【 はぐれ刑事純情派 】などのテレビドラマのほか映画、舞台、CMなどでも活躍している。
93年にはバブル崩壊により夫人の事業が倒産したため約30億円の借金を抱えたが現在は完済したといわれる。
トップページへ戻る
Copyright(c)2007 ワダマメドットコム All Rights Reserved.
|