話題の人物豆知識/ワダマメドットコム

朝原宣治(あさはら のぶはる)


元陸上選手。北京五輪4×100mリレー銅メダリスト。179cm、75kg。1972年6月21日生、兵庫県出身。同志社大学商学部卒業。同大学院修了。

 子供の頃から足が速く徒競走は負け知らずで、中学校に進むと周りから陸上部を勧められたが興味がなく、ハンドボール部に入部。全国大会に出場するも、夢野台高校進学後はサッカーをやろうと考えていたが、俊足を知る中学の先輩が陸上部顧問に推薦。歩き方に才能を感じた顧問の勧誘で陸上部に入部した。
 走幅跳をメインに100m、4×100mRにも取り組み、2年生のインターハイ走幅跳で3位。翌年は優勝して強豪大学から誘われ同志社大学に進学。大学でもメインは走幅跳だったが、93年の国体100mで日本人初の10秒1台(10秒19)をマーク。走幅跳でもアジア選手権で日本歴代2位(当時)の8m13で優勝し、「和製カール・ルイス」して注目を集めた。なお大学入学直後に同じスポーツ推薦のシンクロナイズドスイミング選手・奥野史子と出会い、交際を始めている。
 95年に大阪ガスに入社し、ドイツ留学で実力を伸ばして96年の日本選手権100mで自身の日本記録を更新する10秒14で優勝。アトランタ五輪100mでは日本人28年ぶりの準決勝進出を果たし、97年には10秒08のアジア新記録を樹立。
 99年に左足首を疲労骨折したのを機に走幅跳から離れたが、2000年シドニー五輪4×100mRで6位。五輪後アメリカに渡ってドノバン・ベイリー(アトランタ五輪100m金メダリスト)らを育てた名コーチ、ダン・パフの指導を受け、01年に日本歴代2位となる10秒02(自己ベスト)をマークした。02年に奥野と結婚し、03年に長女、06年に長男、11年に次女が誕生している。
 04年アテネ五輪4×100mRで4位に入り、07年世界陸上では38秒03のアジア新記録で5位。08年北京五輪では最終走者として4×100mRで銅メダルを獲得、日本男子史上初のオリンピックトラック種目メダルに輝いた。
 同年9月のスーパー陸上(100m3位)を最後に現役を引退。現在は大阪ガスでコーチを務め、江里口匡史をロンドン五輪出場(100m)に導いた。09年に同志社大学大学院総合政策科学研究科を修了し、10年には為末大らとスポーツ選手を支援する一般社団法人「アスリートソサエティ」を設立している。

LAST UP 2012/06/24
 
作品
関連人物
高平慎士 為末大
関連項目
リオオリンピック特集>過去のメダリスト

トップページへ戻る

Copyright(c)2012 ワダマメドットコム All Rights Reserved.

ブログパーツ