荒木大輔(あらき だいすけ)
東京ヤクルトスワローズチーフ兼投手コーチ。1964年5月6日生、東京都出身。
早稲田実業学校高等部卒業。身長179cm、体重85kg。右投右打。背番号72。
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3人兄弟の三男として生まれる。当初「大輔」は次男に用意した名前だったが長男に比べて小さい赤ちゃんだったため変更、4180グラムで生まれた三男に名付けられた。
父親の影響で幼い頃から野球に親しみ、8歳で二人の兄と同じリトルリーグの名門・調布リトルに入団。本来リトルリーグは9歳からしか入団できないが特別に練習生として加わり翌年正式に入団。6年生の時にエースとして日本選手権、極東大会で優勝して世界大会の出場権を獲得。アメリカで行われた世界大会でも優勝してリトルリーグ世界一に輝いた。なお二人の兄も調布リトルで日本一になっている。
神代中学時代は調布シニアで活躍する一方、早稲田実業で4度甲子園に出場した4歳上の次兄・健二さんに刺激され早実を目指して勉強に励み、同校に合格。
早実では入学直後からレギュラーとなり、1年夏から5大会連続で甲子園に出場。準優勝した1年夏の大会で「大ちゃんフィーバー」を巻き起こし、社会現象と呼ばれるほどの人気を集めた。なお甲子園での最高成績は同大会の準優勝。
82年のドラフト会議では巨人とヤクルトが1位指名し、抽選でヤクルトが交渉権を獲得。当初は早大進学を希望していたが松園尚巳オーナー(当時)の熱意に心を動かされヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)に入団した。
人気が先行し実力を疑問視する声も多かったが、1年目の83年シーズンでは開幕1軍入りを果たし5月に初勝利。86年には開幕投手を務め、ファン投票1位でオールスターにも出場。87年も開幕投手を務めて10勝を挙げたが、88年シーズン途中に右ひじ痛を発症、3度の手術に加え椎間板ヘルニアも発症して長期のブランクを余儀なくされた。
92年9月、4年ぶりとなる1軍登板を果たしリーグ制覇に貢献。93年はシーズンを通して活躍しチームは日本一を達成した。
95年に無償トレードで横浜ベイスターズに移籍したが96年に現役を引退。引退後は解説者となり99年にはメジャーリーグ、2Aのアクロン・エアロズにコーチ留学。2000年から解説者に復帰し、04年に西武ライオンズ投手コーチに就任した。
07年シーズン限りで西武ライオンズを退団し、新たに東京ヤクルトスワローズ投手コーチに就任。11年からチーフ兼任となった。
通算成績:180試合 39勝49敗2セーブ 奪三振359 防御率4.80。
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